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俺だけのものになってよ
 汗ばんだ額に触れるひんやりとした手が気持ちいい。まるで、低体温の千恵ちゃんの手のひらみたいだ。そのまままどろんでいれば、千恵ちゃんの声も聞こえた気がした。

 俺に好きだと伝えてくる千恵ちゃんの声は、俺の願望や希望を全て詰め込んだみたいに優しくて甘いのに、泣いているようだった。いつかみたいに。
 だから、今すぐ「大丈夫」って手を握ってあげたい。怖いことも、痛いこともなにも無いって安心させたい。俺は、千恵ちゃんのヒーローだから。

 それで、言うんだ。この間言えなかった、大事なことを。
 どうしても、伝えたいこと。彼氏を作らないでってこと。

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 小学校で、女子たちが花を使って冠を作っているのを見かけた。まるでテレビで見た花嫁が頭に被っていた冠みたいだった。前の席のヤツがかわいいと言っていたクラスメイトの女子も花の冠をかぶっていたけれど、千恵ちゃんの方が絶対似合う。

 妹に聞いて花冠の作り方を教えてもらい、土曜日の午後、シロツメクサが沢山咲いている公園に向かった。


 インターフォンを押して家から出てきた千恵ちゃんを急かしてリビングに上がる。型崩れしないように、と黄色い帽子に入れてきた花冠を帽子ごと差し出せば、千恵ちゃんが首をかしげた。

「シロツメクサ……の花冠? どうしたの?」
「目、瞑ってくれる?」
「うん? これでいい?」

 シロツメクサの花冠を見る千恵ちゃんを見ていたらなんだか無性に恥ずかしくなった。だけど俺の言葉通りに瞳を閉じた千恵ちゃんを見ていたら、なんだろう、むずむずして居心地が悪い。色々言いたいことはあったんだけど、なんて言葉にしたらいいかわからなくて、とりあえず今日来た目的を果たすべく、千恵ちゃんの頭に冠を乗せた。

「和成君……? 目、開けて良い……?」
「ん、いいぜ」

 目をいく度かしばたかせて、千恵ちゃんはそっと頭に手をやった。けれど花冠に触れる前に手を下ろして、パタパタとリビングを出ていってしまった。もしかして、気に入らなかったのかな……。
 しばらくすると、千恵ちゃんが戻ってきた。なぜだか視線が合わない。うっすらと赤みのさした頬のまま、千恵ちゃんが俺の手をとった。体温が低い千恵ちゃんの指先が気持ちいい。シロツメクサの茎を割いたときに爪についた緑色を、千恵ちゃんの指がそっと撫でていく。


「鏡で見てきた! 作ってくれたんだね……ありがとう!」
「千恵ちゃんに、似合うと思ったから」
「いい香りがする。これ大事にするね」
「それが枯れたら俺がいくつでも作ってやるよ」
「……ね、和成君。私今、すごく幸せ」

 柔らかく細められた目に映る俺も、たぶん千恵ちゃんと同じように、口元を緩ませていた。



 かわいい、良い香り、すごい、を繰り返す千恵ちゃんにさすがに恥ずかしくなった。花冠を作ったことが無いという千恵ちゃんの手を引っ張って公園に走った。そこで千恵ちゃんに作り方を教えながら、一緒に白爪草を編んでいく。俺の妹用らしい。

「これ、お土産にしよう。きっと喜んでくれるよ」

 千恵ちゃんと一緒に作ったものは一つだって手放したくねーけど。すぐに頷かない俺に、千恵ちゃんはなにかを考えるように視線をさ迷わせた。

「俺、まだお返しもらってない」
「いつも私がもらってばっかりだね」
「なんかちょうだい、千恵ちゃん」

 別に、いつも一緒に居てくれて、俺の話を聞いてくれる千恵ちゃんに不満なんてないし、むしろ俺がもらってばっかりだから、お返しをねだるつもりなんて無かった。だけど千恵ちゃんが俺といるときに俺以外の人のことを考えたり、俺以外の人のために何かしているのって、嫌だ。

「今シロツメクサしかないけど……冠は私一人じゃまだ作れないし」
「そうじゃなくて」

 正直に思っていることを言うのはかっこ悪くて千恵ちゃんに幻滅されそうだ。だけど、このままも嫌だ。ふと、千恵ちゃんが手に持っているシロツメクサが目に留まる。

「千恵ちゃん、」
「え? このシロツメクサのでいいの……?」

 そうじゃない。千恵ちゃんがいいんだっつーの。花の冠を作るために、軸に筋を入れたシロツメクサ。軸の先をくるりと曲げて、ちょうど指が一本入るくらいのシロツメクサの指輪ができた。それを千恵ちゃんに渡す。

「俺のお嫁さんになってよ」
「ふふふ……和成君はいろんなことを知ってるね」

 嬉しそうに俺が作った指輪を受けとって、千恵ちゃんはそれを中指にはめた。その手を楽しそうに揺らしている。嬉しいはずなのに、嬉しくない。なんだろう、……そらされたから?

「じゃあ、私からもあげないとね」

 小さなつぼみの、まだ青いシロツメクサで作られた指輪を、千恵ちゃんが俺の手の平にのせた。それを左の薬指に通せば、少しだけ驚いた表情の千恵ちゃんが目に入った。なんで、そんな顔すんの。

「なんでつぼみなの? 俺が小学生だから?」
「違うよ。がんばりやさんの和成くんの才能が花開して、努力が実るようにって願いを込めたの」

 「言葉にするのは恥ずかしいね」と口元をゆるめる千恵ちゃんに、どうしようもなく苦しくなる。同じことをしているはずなのに、千恵ちゃんがすごく大人で、遠い。手が届かないみたいで悔しい。
 さっき渡したばかりの指輪を千恵ちゃんの中指から奪い返して、それを目をしばたたかせている千恵ちゃんの左手の薬指にはめる。

 左手の薬指。母さんがいつも指輪をはめている指。結婚したら、誰か一人だけの特別になったら、指輪をはめる特別な指だと結婚記念日に母さんが言っていた。

「俺だけのものになってよ、千恵ちゃん」

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 熱でガンガンする頭でぼんやりと千恵ちゃんに冠を作ったときのことを思い出す。あの時、千恵ちゃんはなんて言ってたっけ。


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