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大好き、和成君
 帰宅してから、ずっと後悔していた。

 今日は友達に誘われるまま勉強会に参加して、いつもより遅くなった。もう寒いから、やっぱり手袋も出さなきゃとか、明日は和成君が来るから今日のうちに掃除機をかけておこうとか、そんなとりとめのないことを考えながら門を開く。その少し先、玄関の前にうずくまっている小さな陰を見つけて息がとまった。まさか、と思いながら近づいてみれば、悪い予感の通り、うずくまって座る和成君。名前を呼んでも反応は薄く、触れた手は外気と同じくらい冷え切っていた。最悪の展開が頭を巡る。

 救急車? 家で温めるだけで大丈夫?

 とりあえずマフラーを巻き付けて、こういう時に限っていうことをきかず、震える手を叱咤してなんとか家の鍵を開けた。そのままリビングに放り込んで、毛布で暖を取らせて、暖かい飲み物を用意する。
 力が入らない指でなんとか和成君の家に電話をかけるがあいにくの留守電。悪いと思いながらもおばさんの携帯にかければ繋がって、事情を話せば救急車は呼ばなくて良いと呆れられた。

「千恵ちゃん、そんなに慌てないで。大丈夫よ、落ち着いて」
「でもっでも、かずなりくん、指先とかすごく冷たくてっ」
「あの子が勝手に家を飛び出してったんだから大丈夫。男の子はみんなそうやって無茶するのよ」
「子供は簡単なことで命が危なくなるって……! 」
「うん、千恵ちゃんがうちの子を大事に思ってくれて、対処してくれたのは分かったわ。今買い物しているから、帰りに千恵ちゃんの家に寄らせてもらうわね」

 私とは対照的に落ち着いているおばさんに、少し、平静を取り戻した。なんとなく和成君に呼ばれた気がして、切れた受話器を持ってリビングに戻れば、不安そうな顔で私を見る黒い瞳とぶつかる。
 そうだ、不安だったのは和成君の方だ。ずっと一人で、待っていてくれたんだから。私がしっかりしないといけない。人の倍も生きているのに、こういう時にちゃんとできなくて、どうするの。

 それでも和成君の顔を見れば先ほどの、ぞっとするような冷たさを思い出してしまう。生きていることを確認するように両手で和成君の顔を包み込む。そうすると余計に、もう少し遅ければこの暖かさを私が奪っていたのかもしれないという思いがこみ上げて、どうしようもなく苦しくなった。

 例え今回が大丈夫だったとして、この先この子に何かあったら、私というイレギュラーと関わったことで何かあったら……?
 この子の未来には、大変だけど、充実した生活が約束されているはずで、この子はどんな困難も一人で乗り越えられる強さを持っているはずで。その未来が歪んで、あまつさえ和成君になにかあれば、……それは確実に私のせい。

 これは、距離をとれと言うことなのだろうか。彼が高尾和成であると、漫画に出てくるキャラクターであると確証を得ながらなお、関わり続けたことによる、歪みなんだろうか。

 寄り添いたい。この子が本当は一人で大丈夫だと知っている。一緒に居たい。突き放さないと。すがらせて欲しい。解放しないと。
 ねえ、どうすればいいの?
 
 頭の中がぐちゃぐちゃになって、名前を呼ばれるまま和成君の心臓に耳を寄せる。生きている。どくどくと響く鼓動の音にどうしようもなく安心した。

---


 和成君と彼のお母さんが車に乗るのを見送る。二人を乗せた車は滑るように家数軒分進んで、再びとまった。車が車庫に入るのを確認して、家に入る。のろのろと洗面所の灯をつけて、制服を脱ぎ、必要なものを洗濯機に入れて、シャワーを浴びた。温かいお湯を浴びながら、先ほどの会話を思い出す。

 和成君のお母さんには大げさだと笑われてしまった。

「千恵ちゃんが心配することは何もないし、もしこの子が風邪をひいたって責任を感じる必要は無いわ」
「だけど……」
「そうねえ、そんなに気にするなら……もしあの子が風邪ひいたら、お見舞いに来てくれるかしら?受験生に申し訳ないけど」
「いいんですか?……私が行っても」
「何言ってるの。あなたがうちの子たちを大事にしてくれているの、ちゃんと分かっているもの。それにあなただって――もう、娘と同じよ」

 家族と上手くいっていない私にとって、和成君も、彼の家族も、本当の家族のようだった。実際、生まれてこの方一番長く一緒にいるのも和成君だろう。知らないうちに彼の存在がどれほど大きくなっていたのかを実感する。

 おばさんは、私にとって2回目の人生のお母さんのような人だった。小学生の頃は、もっと甘えなさいと怒られたこともあった。子供はわがままを言っていいと諭してもくれた。寂しくなったらうちに来なさいと暖かさをくれた。

 いつも、高尾家の人には救われてばかりだ。助けられて、大事なものを貰ってばかりだ。
 いつになったら、私はもらったものを返せるぐらい、強くなれるのだろう。

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 おばさんからお見舞いに来てほしいと連絡があったのはその翌々日のことだった。お見舞いにちょっと良いゼリーとリンゴ、そしておばさんにはマカロンを持って高尾家のインターホンを鳴らす。
 私を出迎えてくれたおばさんは本当にいつも通りで、おずおずと手土産を渡せば「あら良いのに……えっこれ有名なマカロンじゃない?! 千恵ちゃんさすがね」と受け取ってくれた。

 通されるがままにリビングに向かって、そこで和成君の様子を聞く。熱は出たけどあくまで風邪の範疇(はんちゅう)で、回復傾向にあるらしい。
 それを聞いてやっと落ち着いて息をすることができた。そんな私の様子を見たおばさんは、穏やかに笑いながら過保護ねえ、と笑っている。

「それだけ心配してもらえるなんて、和成も幸せ者ね」
「私の方こそ、いつも元気をもらってますから」
「じゃあ、寝ているかもしれないけど、顔だけでも見てってやって」

 一階でおばさんに見送られ、記憶を便りに和成君の部屋のドアを開けた。
 ひさしぶりに足を踏み入れた和成君の部屋は、ずいぶんと男の子らしくなっていた。最近は高尾家におじゃましてもリビングで宿題をやることが殆どだったし、そもそもうちに和成君が来ることの方が多かったから、彼の部屋に足を踏み入れるのは、たぶん2年ぶりぐらいだろう。

 ずいぶんと増えたバスケ関連のものに、やっぱりという気持ちが強くなったのを無視して、息苦しそうにベッドで横になっている和成君に近づいた。
 どうやら眠っているようだった。額に張り付いた前髪を左右によけて、そっと触れる。額に置いた手が気持ちいいのか、すり寄ってくる和成君は、猫のようでもあり、またあどけなさの残る寝顔をしていた。
 こうして見ると、年相応だ。普段話しているとそこまで気にならないけれど。この子は小学生……なんだよね。
 守られる立場にいるべき子で、私が守る側に居なきゃいけないのに。どうしてか、彼を前にすると私は弱くなってしまう気がする。一昨日だって、彼にすがって泣いてしまった。

 この先、きっと彼はバスケで相棒や、大切な仲間に出会う。最初は衝突も多いはずだけれど、それを乗り越えて、やがて姉離れする時も来るだろう。だって最後はキセキの世代の相棒として、海外チームとの試合で日本代表にまで選ばれるぐらいなんだから。
 だからそろそろ、お姉ちゃんのお守りから、開放してあげないといけないのかもしれない。ずいぶんと、私が縛り付けてしまったから。
 冷静になった今ならわかる。私が重荷になってはいけない。

 何気なく視線をやった先に、写真たてがあった。少し前に一緒に遊園地に行ったとき、一緒に撮ったものだ。私も和成君も、白いドラゴンのフィギアの前で照れたように笑っている。幸せを現像したような写真。
 その隣のフレームには、押し花になったシロツメクサ。茎が指輪状になっていて、私と和成君とで交換したもの。
 どちらも私の部屋にもある。他にもたくさんある。誕生日やクリスマスにもらったもの、あげたもの。お土産や手紙。
 一緒にすごした時間は記憶にだけじゃなくて、形として、こんなにもある。そしてそれは、私の部屋だけじゃなくて、和成君の空間にも侵食している。


「大好き、和成君……シロツメクサのプロポーズ、本当はとっても嬉しかったんだよ」


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