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千恵ちゃんいるから退屈しねーもん
「次の三連休?」
「うん、千恵ちゃんも一緒に行こう!」

 誘ってもらえるのはうれしいものの、申し訳なくて断ることの多い高尾家でのご飯。今回に限っては断りきれなくて、お邪魔した高尾家での夕食時だった。おばさんお手製の餃子を食べていたら、和成君から突然提案された少し遠い行き先。名前は聞いたことがあるけれども、行ったことのない遊園地だ。

「俺も休みだから、車で遊園地にいこうって話しててね。いつも和成がお世話になってるし、千恵ちゃんが良かったらどうだい?」

 おじさんの言葉に驚いて、嬉しいのに、とっさに言葉が出てこない。それを迷っているととられたのか、おじさんにもおばさんにも遠慮なんていらないよと優しく背中を押された。

「おねーちゃんも行こうよ!」
「千恵ちゃんが行くことは決まってんの!」
「……それなら、お言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろん!」
「やったー!」

 心底嬉しそうにはしゃぐ高尾兄妹と、穏やかに笑うおじさんとおばさん。暖かくて家族で囲むご飯。この家には、私が好きで大切なものが、すべてつまっている。

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 あっという間に楽しみにしていた三連休がやって来た。服も悩んだし、手土産も悩んだ。その甲斐あってか服も誉めてもらえて、手土産も喜んでもらえて、まだ遊園地に向かう車のなかだというのに、もう気分は最高だ。とくに照れながら「千恵ちゃんかわいい」と褒めてくれた和成君はもはや天使だ。

 後ろの席で子供3人でしていたしりとりがちょうど終わったところだった。ミラー越しに運転席のおじさんと目が合った。

「千恵ちゃんは高校どうするんだ?」
「あー……恥ずかしながらまだ決めてなくて」
「あら、てっきり秀徳に行くかと思ってたわ」
「公立で優秀って言ったらあとは……」

 近場の進学校の名前を上げる高尾夫妻にあいまいに笑い返した。もう中3なんだから進路が決まっていないのはまずい。
 和成君との距離感だけじゃなくて、学費も進学先を迷う大きな原因の一つだ。お金をなんとかしない限り、そもそも進学だって危うい。

「俺も千恵ちゃんと同じ高校に行く!」
「和成君……かわいい!」
「それ嬉しくねーし」
「ね、千恵おねーちゃん、美和は?」
「かわいいよー!!」

 かわいい。かわいすぎる。なんだこの兄妹のかわいさは。思わず抱きしめそうになる衝動を抑えてかわいいと言うにとどめたのに、彼の妹と違って和成君は不満そうだ。

「和成は先に中学に通わないとな」
「でも千恵ちゃんと同じ高校目指すなら勉強も頑張らないとね」
「わかってるって!」
「その前に、千恵ちゃんの高校受験が終わったら、祝賀会しなきゃいけないわねえ」

 この優しい空間に、私はあとどれくらいいられるのだろう。

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 遊園地では、私と和成君、高尾夫妻と妹の美和ちゃんの2組に分かれた。高尾兄妹の乗りたいアトラクションが全然違ったことと、和成君が「俺は千恵ちゃんが良い!」と言ってくれたことが主な理由だ。3連休ということもあって、どのアトラクションも混んでいる。多くのものが2時間前後並ばなければいけない中、当然和成君の目当てのアトラクションの前にも長蛇の列ができていた。2時間待ちって、小学生にはきついんじゃないかな。体力的にも、精神的にも。退屈しそうだ。

「110分待ちだって。どうする?」
「並ぶ。千恵ちゃんいるから退屈しねーもん」
「和成君……!」

 もう我慢できず、ぎゅっと小さな体を抱きしめる。これから成長期に入るだろう和成君はほんの少しだけ私より小さくて、まだまだ抱きしめやすい。恥ずかしそうにしながらもおずおずと腕を回してくれる。かわいいがすぎる。

 一通り和成君を満喫して腕を放してからは、順番が来るまで和成君の話を聞いていた。妹と喧嘩をした話、友達とやったいたずらの話、テストで満点をとった話、給食のカレーが美味しかった話、部活の先輩がちょっと怖い話。
 いつもの家でのやりとりと同じだ。楽しそうに話す和成君の言葉を、聞き漏らさないように耳を傾ける。
 和成君の言葉で語られる彼の日常はいつも輝いていて、それを聞くと私も自分の日常が輝いて見えるようになるから不思議だ。そうやって少し前を向ける力をくれるのが、和成君。

 テーマパークの待ち時間ってカップルが別れるきっかけの一つだそう。和成君とはそういう関係じゃないけれど、喧嘩のけの字も無く自然体でいられるこの距離感なら、きっと関係の名前が変わっても、今のままでいられるんじゃないかな。それが、幼馴染から昔馴染みへの変化であっても。

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 一通り遊園地を満喫した後、併設のアウトレットモールに来た。女性陣はお買い物、男性陣……というかおじさんは休憩タイムだ。私は和成君について玩具メーカーのショップに来ていた。和成君は目をキラキラさせている。

「これ! 俺こいつのカードを持ってんだぜ! めっちゃレアなんだ!」
「なにこれめっちゃかっこいいドラゴンじゃん……!」

 どこぞのブルーアイズを彷彿とさせる白いドラゴンのフィギアが店の真ん中に展示してある。広げた翼が約1mはあるであろうその大型フィギアは写真スポットになっているらしい。店員のお兄さんに声をかけられた和成君は「撮る!」と即答した。

「千恵ちゃん、母さんからデジカメ預かってたよな。あれで撮ろう!」
「あ、そうだった。このカメラでお願いします」
「それではカメラお預かりしますねー」

 いつもよりテンションが高い和成君に押され気味になりながら、フィギアの前に並んで立つ。そういえば、こうやって出先で写真を一緒に撮るの、初めてかもしれない。
 やばい、そう思うと緊張してきた。初の写真だ。

「お姉さん、表情硬いですよ! 弟さん、お姉さんを笑顔にしてあげて!」
「千恵ちゃん、」

 それまでフィギアの反対側に立っていた和成君がなぜか私の方にかけてきて、くいくいと手を引っ張る。何か言いたそうな視線に誘われるまま、少しだけ腰を曲げる。

「俺、千恵ちゃんと一緒で今日すっごく嬉しい」

 小さな声で伝えられた気持ちが何よりもうれしくて、和成君の手を握り返す。二人そろってゆるんだ頬でカメラに目線を向けた。ああ、幸せな時間だ。
 「弟さんさすがですね」とにこやかな笑顔で告げる店員さんに、なぜだか胸が痛んだ。


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