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たまに、未来がわかるような言い方するよな
 世間一般的には、小学校高学年あたりから思春期に入りそうなもの。それにもかかわらず、今年で小学校4年生になった今でも和成君は相変わらずなついてくれている。

 彼が小学校に入学してからだから、もう4年。和成君も私も、それぞれ部活も委員会もあるけれど、なんだかんだほぼ毎日顔を合わせていた。それくらい一緒にいたら、立派な幼馴染と言っていいんじゃないかな。
 和成君に会うまで、大事な存在になる人がまたできるなんて、思い描くこともできなかったのに。

 今日も今日とてうちのリビングのテーブルで宿題をといている和成君。平日の夜、帰宅してから夕飯までの時間、うちで宿題をすることがいつの間にか互いの日課になっていた。
 今日は国語と算数のようだけど、さっきから唸り声を上げている彼には、そろそろ休憩が必要かもしれない。ぎりぎり集中力を繋いでいる和成君に今声をかけて集中を途切れさせるのは忍びない。自分から根を上げるまで待つ間、おやつの準備でもしておこう。

 対する私は丁度課題にきりがついたところだし、集中力も切れたところ。小学生より集中力が持たないことはもはや突っ込んではいけないよね……。
 和成君の邪魔にならないように、足音を忍ばせて台所に向かう。自分の家にもかかわらずそろりそろりと歩いていると、悪いことをしている気分になって、やっぱり和成君がいると毎日が楽しい。

 ほぼ和成君専用になっている、低糖質なおやつが何種類か入っている箱から適当に見繕ってお皿に載せる。うちの子がお世話になってるから、とおばさんがよく差し入れてくれるもの。

 さて、今日は冷蔵庫で冷やしてあるお茶とジュース、どちらがいいだろう?
 和成君はジュースが好きだけど、スポーツやるなら、お茶の方が良いかな。お菓子に加えてお茶を注いだコップ二人分をお盆にのせて、リビングに戻ろうとしたときだった。

「俺、今日ちょうどお茶の気分だったんだ」
「……え?」
「へへへ。すごいだろ。これくらいの距離なら、横向いてても見えるんだぜ」
「……すごい! 視野が広いんだね」

 自慢げに笑う和成君に、ちゃんと言葉を返せていただろうか。
 今日の体育の授業で、視界の広さを役立ててサッカーで大活躍したことを得意げに話してくれる和成君に、こっそりと胸をなでおろす。

 和成君は実はこれをずっと言いたかったのかもしれない。務めて普段通りにすごいね、と言いながら頭を撫でれば嬉しそうな笑みが返ってきた。
 彼はいつまで、こうやって私になついてくれているんだろう。私が高校生になって、彼が中学生になったら、さすがに姉離れをするかもしれない。

 そんな未来に寂しくなってサラサラの黒髪を堪能するように両手で強めにわしゃわしゃと頭を撫でれば、和成君に「縮む! 俺縮んじゃうって!」と避難の声が上がった。

「お姉ちゃんは和成君はかわいいサイズのままが良いなあ」
「俺は! 早く千恵ちゃんより大きくなりたいんだっつーの!」
「えー? 寂しいこと言わないでよー」
「てか姉ちゃんでもねえ!」
「つれないなあ」

 不満を全身で表現する和成君には苦笑いを浮かべるしかない。男の子としては大きくなりたいんだろうけれども、私の身長を超す頃にはきっと私たちの関係も希薄になるだろうから、それを少しでも押しとどめたいという姉心は邪険にしないでほしいな、なんて。
 最近になって急に私がお姉ちゃん面をすることを嫌がるようになった和成君に寂しさを覚えて、それをごまかすようにもう一度勢いよく頭を撫でた。

 あなたが姉離れするそのときまでは、腐らないように、上を見続けられるように支えたいし、成長を一番近いところで見ていたい。ただのエゴだ。だけど、どうしたってあなたに世界で一番幸せになって欲しいんだよ。
 和成君は私のヒーローだけど、ヒーローっていつも自分の幸せを犠牲にしがちだから。せめて、幼馴染みの私くらい、幸せを願ったって許されるでしょう?

 まだ不満げな視線を向ける和成君の乱れた髪を整えてやる。寂しさを紛らわすように、優しく頭を一撫でして、そのまま襟足を指先ですく動作を繰り返す。

「大丈夫、和成君は大きくなるよ」
「……マジ?」
「私より、ずっと背が高くなる」
「へえ」

 ぴたりと抵抗を止めて、私にまっすぐな視線を向けつつも不思議そうに首を傾げた。幼い中にあざとさが見えるような仕草に頬が緩んでいた私は、自分の失言に気づかなかった。

「……たまに千恵ちゃんて、未来がわかるような言い方するよな」

---


 夕飯に合わせて帰った和成君を見送って彼の言葉を反復する。

「未来がわかるような……言い方、」

 確信をもって告げた自分の言葉を思い出す。
やってしまった。

 高学年になると同時にバスケットボールを始めた和成君に、もしかしたらという予兆はあった。ほぼ全て忘れてしまっているけれど、おぼろげながらに覚えている。

 1度目の人生で読んだバスケ漫画に出てきた準主役級の登場人物の一人。広い視野と高いコミュニケーション能力を持ち、一年ながらに強豪バスケ部でレギュラーに選ばれていた、パス回しを得意とする選手……高尾。
 下の名前はもはや憶えていなかったし、名字とコミュニケーション能力だけでは他人の空似だろうと思っていた。だけど、視野の広さも合わさったら?
 私の中ではとっくに和成君は漫画のキャラクターの高尾和成では無くて、幼馴染の“和成君”になっていると思っていた。キャラクターとして見てるつもりなんて毛頭無かった。
 だけど、もしかしてという気持ちが芽生えてから、つい未来を確信させるようなことを口走りそうになってしまう。実際、そんなつもりは無かったのに、さっきだってやらかした。

 漫画の世界にいるなんて馬鹿げた話と思う一方で、私が人生2回目であることを思えば、なんだって不可能とは言い切れない。詳しい試合の流れは覚えていないけれど、最終的な結末は知っている。
 これからも余分な口出しをしてしまうことを考えたら……彼の歩む道を、未来を知っているなら、離れた方が、良いのかな。
 私にとって和成君は無くてはならない大切な存在だけど、和成君は何があっても自分一人で立ち直ることができる“人”のはずだ。それなのにこんなに近くに私のようなイレギュラーがいて、うっかり彼の進路選択に影響を与えかねないのなら。

 和成君。
 大事で大切な幼馴染で、弟のようにかわいがっているのに、離れるのはさみしい。自立するまでは側に居たいのに。

 きっとあと数年のうちにあなたはどんどん名を馳せて、遠い存在になっていく。悲しくて寂しいけれど、その時には私よりも近い位置であなたを支え、また支える仲間がきっとできているんだろうね。
 心配なんてしていない。
 だけど、それでも不安だから、どうかギリギリまで見守らせて欲しい。

 この世界に生まれてから、涙を流したことなんてほとんど無かった。
 それなのにどうしても涙が止まらないのは、きっと気づきたくない現実から、目を背けられなくなっただけのこと。


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