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バスケ上手くて、ゴールばんばん決めたら……かっこいいと思う……?
 中学に上がって、それまでよりも遠くなった登下校にも、授業時間にも慣れたころ。日曜日の朝にもかかわらず、インドア派な私が外に行く恰好をして、手土産を用意しているのは、二日前の金曜日に和成君に見せたいものがあると言われて、今日の午前中から遊ぶ約束をしていたからだ。和成君としては一刻も早く見せたかったらしいんだけど、生憎昨日は半日授業があったので、1日とんで今日になった。
 何を見せてくれるんだろう。私が中学に上がっても、自身が小学校高学年になっても未だ週の半分以上、うちに遊びに来てくれる和成君はとってもかわいい。

 つい先日も、おばさんに「千恵ちゃん、いつも和成を見てくれてありがとう。邪魔なときはちゃんと言ってね、本当べったりだから」と困り顔で言われたところだ。その言葉を受けて、和成くんのためには距離を取るべきかなと一瞬考えたけれど、結局今まで通り、一緒にいる。きっと、傍から見ると彼が雛で私が親鳥に見えるんだろうけど、本当はそれがまるっきり逆だってこと、和成君は知っているのかな。私がどれだけ彼に助けられているか、って。

 和成君との親交を深めるうちに自然と交流が生まれた高尾家の人たち、特に和成君のお母さんと妹ちゃんにも良くしてもらっている。それこそ、本当の家族みたいに。
 今日だってお昼はたぶん、和成君の家でお世話になるだろうから手土産は用意してある。おばさんにはいつも「子供はそんなこと気にしなくていいのに」と言ってくれるけれど、親しき中にも礼儀あり。中学の近くで評判のケーキ屋さんのシュークリームは、きっとおばさんのお眼鏡にもかなうはずだ。

 いつも和成君は時間丁度に来る。ちらちらと時計を確認している自分が、なんだかデート前を彷彿とさせて、少しだけ笑ってしまった。

 インターホンの鳴る音に玄関のドアを開ければ、手の後ろに何かを隠しているような和成君が立っていた。時間ぴったりになるように走ってきたようで、少しだけ息が上がっている。小学校高学年になったけれども、線の細い和成君の身体の端から茶色い丸いものがちらりと見えた。本人が口にするまで、見なかったことにしよう。
 和成君と、茶色のボールになぜだか幼少期に散々感じた既視感を再び覚えて、その違和感を拭うように声をかけた。

「和成君おはよう。今日も時間ぴったりだね」
「はよ、千恵ちゃん。それよりも、見て!」
「バスケットボール……?」
「前に友達に借りてやったの楽しくて、俺も始めたんだ!」

 楽しさを身体全体で表現してみせた和成君は、言い終わるや否や、「千恵ちゃん、早く行こう。鍵閉めて」とせっつく。まったく、子供のようでいて、しっかりしている子だ。
 家の鍵が閉まったのを確認するや否や、待ちきれないのか、速足で私を引っ張る和成君になんとかついていく。
 中学生の身体じゃなかったらこれ無理だったわ……。目的地だったらしいストバスコートにてやっと足を止めてくれた和成君には悪いと思いつつも、繋いだ手を放して息を整える。

「千恵ちゃん体力なさすぎだろ……」
「しょうがないでしょ……私文化部なんだから」
「そういうもん?」

 文句を言いながらも、気持ちはもうバスケに向いているらしい。「ちょっと待ってて」といって準備運動を始めた和成君を、コートの端から見つめる。やがて準備ができたのか、「見てて」と声がかけられた。それが、合図だった。

 数メートルドリブルして、ジャンプして、シュート!

 着地して私を振り返った和成君に、見てたよ、と手を振る。残念ながらボールはリングを通らず、いくどかバウンドして転がっていった。和成君が悔しそうに「昨日は入ったんだぜ」と、唇を尖らせている。
 拗ねた様子がとてもかわいい。今すぐ頭をわしゃわしゃと撫でまわしたい欲求をなんとか押させて、足元に転がってきたボールを拾って彼に投げた。なんなくキャッチして見せた和成君は、「本当だぜ」と重ねて念を押した。

「和成君が言うこと、信じないわけないでしょ」
「……千恵ちゃん大好き!」

 ボールを放って抱き着いてきた和成君をなんとか受け止めた。体力溢れる小学生のタックルの威力……恐るべし。かわいい。かわいすぎる。指通りの良い髪を堪能しながら頭を撫でてやれば、猫のように目を細めて、頬ずりをしてきた。

「か、かわいい……」
「え、え! そこはかっこいい、だろ!」

 思わずこぼれてしまった本心に「ごめんごめん」と謝っても、疑う様な視線を向けられてしまう。お年頃だものね、男の子はかわいいと言われても嬉しくないよね。それでも頬ずりと抱き着くのをやめない和成君は、その行動自体がそもそもかわいいと思われる原因だって、分かっていなさそうだ。
 髪をすく手を止めて、膝を曲げた。こうすると、私より10 cmほど低い和成君と目線の高さが同じになる。離れていった手に不満そうに唇を尖らせる和成君の手をとって、ぎゅっと握る。これでご機嫌斜めが治れば良いけど。

「和成君、かっこよかったよ」
「マジで……?」
「うん。きっとたくさん練習したら、すごいバスケ選手になるね」
「俺……頑張る。千恵ちゃん、そっから見てて!」

 ぱっと笑顔を見せた和成君は、ボールを拾いに走った。そこからドリブルをしたり、シュート練習をしたりする和成君に付き合って、私も彼の練習になるよう彼の進路を邪魔してみたり、シュートを邪魔してみたりした。12時を過ぎたころには二人ともくたくたで、コート端のベンチに身体を投げ出すようにして座った。シュークリームの入った箱、冷蔵庫に入れてきてよかった。

 まさかこれだけ運動するとは思っていなかったから水筒もタオルも持ってきていない。鞄から無いよりはマシ程度にしかならないハンカチを引っ張り出すだけでも腕がだるい。なんとか手にしたハンカチで汗を拭っていると、和成君が喉を鳴らしながら水筒から水分補給していることに気が付いた。自分だけずるい。

「和成くーん」
「どうしたの?」
「お姉さん喉乾いたな、ちょっと頂戴」
「え、えっ」

 視線をあちらこちらにやって、慌てている和成君はやっぱりお年頃らしい。大好きとか、こちらが照れてしまうようなことは平然と言うのに、間接キスは気にするんだ。
 からかいすぎたかな、と思って遠慮することを伝えようとしたら、黙って水筒を突き出された。そっぽを向いた和成君の耳と首筋が赤くなっていて、かわいい。
 お礼を伝えて水筒を受け取ると、和成君からじーっと視線を感じる。飲みにくい……。これ、飲み口に口付けないようにした方が良いのかなあ。あれ十中八九こぼすから嫌なんだよねえ。相手は小学生だしいっか。
 水筒に口を付け、水分を補給する。からからに乾いた喉に薄めのスポドリがちょうどいい。蓋をして和成君にボトルを返せば、さっと目をそらされた。

「ありがとう」
「千恵ちゃんが倒れたら俺嫌だし」
「……あーもうやっぱりかわいい!」

 いやいやと頭を振る和成君の髪の毛を撫でる。さっきよりも汗でしっとりとしていて、シャンプーでもしている気分だ。それでも手足のだるさには耐えられなくて、早々と和成君を開放してベンチの背に身体を預けた。ちょっと物足りなさそうに和成君がこちらを見ていて、期待に応えてあげたいのはやまやまなんだけど、お姉さんもう体力の限界なんだよ。身体を楽にすると一気に疲労が回ってきた気もする。こっから家に帰るのも、想像するだけで無理だ。

「明日……筋肉痛に、なり……そう……」
「体力ないのに付き合ってくれてありがと」
「それ……ばかにしてるよね?」
「そんなことねーよ」
「ふーん……」
「だって無理して頑張ってくれる千恵ちゃんが可愛いんだもん……あ」

 うっかり、と顔に書いてある和成くんの頬に手をかける。相変わらずあざと可愛い、弟のような男の子。たいして怒ってもいないけど、からかい半分に、生返事を返しながら和成君の柔らかい頬を引っ張ってやれば、「ごめんなひゃい」というこれまたかわいい謝罪が聞けたので手を放してあげた。
 何かまだ言いたいことがあるようで、和成君にしては珍しく口ごもっている。視線で聞いていることを伝えれば、和成君はいく度か目を左右にさまよわせた後、短く息を吐いた。なにやら真剣な様子に、私も思わず息を潜め、彼の言葉を待つ。しばらくして、和成君がやけに静かな声で私を呼んだ。

「バスケ上手くて、ゴールばんばん決めたら……かっこいいと思う……?」
「それはまあ……かっこいいんじゃないかな」
「マジで?!」

 嬉しそうに笑った和成君は、とてもかわいいことで悩んでいたらしい。
 でもね、たとえ何もできなかったとしても、今でももう、十分かっこいい、私のヒーローなんだよ。私の手をひいてくれた、あのときから。

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 思えばこの時から私は、和成君のこと……気付いていたのかもしれない。


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