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和成君は、わたしのヒーローだね
 魔法使いの少女に助けられてから、注意深く窓の外を見るようになれば、あの少女が近くに住んでいることが分かった。

 自分も彼女と色違いのランドセルを背負うころには、少しだけ行動範囲が広くなって、たまに近所で見かけては声をかけるようになった。そのときにちえという名前を知った。

「ちえちゃん!」

 集団下校から解放されたころ、グラウンドでたまたまちえちゃんを見かけた。同じ学校だと知って、それまで楽しみだった体育や休み時間以上に、放課後が待ち遠しくなって、その日から一緒に帰りたいと声をかけるようになった。下校時間が違うから、高学年のクラスに繋がる廊下の端でちえちゃんを探す毎日。
 少し困ったような顔をして何かと理由を付けて断ろうとするちえちゃんに、秘密をばらすって言おうかと思ったけど、それはなんだか違う気がしてやめた。かわりに声をかけ続ければ結局首を縦に振ってくれて、最近ではほぼ毎日一緒に帰っている。ちえちゃんと一緒に帰ることができて、毎日朝から下校を楽しみにしているのに、それでもちえちゃんは毎回遠慮するようなことを言うから、本当は嫌がられていないのか、ちょっぴり心配だ。
 だけど一緒に帰ると、その後も一緒に遊んでくれるから、嫌って言われないんだったら、一緒に帰りたい。だってちえちゃんは魔法使いだから、どこかに行ってしまうかもしれない。だからせめて、今いっしょに居たい。

「ちえちゃん、いっしょにかえろ!」
「……和成君、また。お友達はいいの?」
「? ちえちゃんだよ?」
「そうじゃなくて、クラスの子とか、近い学年の子とか」
「おれはちえちゃんがいい! ちえちゃんだから、いっしょにかえりたい!」

 なぜだかちえちゃんは泣きそうな顔をした。泣きそうで、でもうれしいことがあったような顔だった。そのまま何も言わずにちえちゃんが渡り廊下の端でしゃがみこんでしまうものだから、なにかちえちゃんのいやなことを言ったんじゃないかとか、泣かせてしまったんじゃないかとか、とにかく困ってしまって弱弱しくちえちゃんの名前を呼ぶことしかできなかった。

 膝を抱えてしゃがみこんでしまったちえちゃんから、かすかに鼻をすするような音が聞こえる。本当に、泣かせてしまったみたいだ。ちえちゃんはあまり大声で笑うことはなくて、いつも泣きそうだけど。だけど、泣きそうな顔をしているけれど、本当に泣かせたかったわけじゃなかったのに、どうしたらいいんだろう。女の子が泣いていたらどうすればいいのかなんて、俺にはわからない。通り過ぎる他の高学年の生徒たちがちえちゃんをなんとなく嫌な目で見ている気がして、そいつらから守るようにちえちゃんの頭を抱え込んだ。今度は、俺がちえちゃんを守りたい。
 腕の中の頭がぴくりと揺れて、聞き逃しそうなほど、小さな声で名前を呼ばれた気がした。ぎゅっと回していた腕を緩めて、ちえちゃんを見る。おそるおそる上げられたちえちゃんの濡れた目と視線があった。やっぱり頬も濡れていたし、鼻は赤くなっていた。
 だけど、泣きそうな顔をしていなかった。

「かず、なり……くん。」
「ちえちゃん? どっかいたい?」
「ううん、もう大丈夫。……和成君は、わたしのヒーローだね」

 初めて見た満面の笑みは涙だらけだった。次は濡れていない笑顔が見たい。優しく俺を呼ぶ声に、密かに想う。


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