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58
 リハビリに向かう木吉君に別れを告げて、皆で送り出した。そのままリハビリ施設を後にして、日向君、相田さんの後ろを伊月君と並んで歩く。
 このあとどうするんだろう。駅に着いたら解散かな? それとも学校に戻って自主練するのかな。

 日向君と相田さんは何か話しているようだけど、微妙に聞き取れない。かといって伊月君との間には会話もない。少しだけ、沈黙がつらい。
 つまらないって思われていないか、私抜きで三人で来ればよかったと思われていないか、怖い。

 ちらりと横に目を向けると、伊月君とばっちり目が合ってしまって、思わず前を歩く相田さんの背中に目線を思い切りそらす。あからさまになってしまったけど、前より耐性ができたとはいえ、伊月君と目線が急に合うのって心臓に悪い。あの優し気な鈍色の目が綺麗で好きでもっと見ていたくなるけど、でも。
 横からくつくつと笑いをこらえるような声が聞こえた。

「涼宮、そんな思い切りさけられると傷つくよ、俺も」
「だって……その、目が、……きれい、で」
「え、」
「な、なんでもない!」

 促されるまま思わず答えそうになっていた口を慌てて閉じる。伊月君にはできるだけ正直にって思っているせいか、ついつい心の内まで話しそうになっていけない。変に思われていないか怖いけど。ふーんと納得していないような返事がして、問い詰められるかなとひやひやしていたら、「話変わるけど、」と伊月君から切り出してくれた。良かった。

「涼宮ってスポーツ用具店とかいったことは?」
「あんまり、馴染みはないかな」

 数回清志君についていったことはあるけれども、バスケにそもそも興味ゼロだったし最近は一緒に出歩かないようになったし、行ったことがあるような気がしないでもないけどあんまり覚えていない。 
 前を歩く日向君たちと離れすぎないように気を付けながら、伊月君の言葉に耳を傾ける。

「じゃあこの後寄っていこうよ。俺のよく行く店、この近くにあるからさ」
「……え? それは……いいの?」
「何でだめだと思うんだ?」
「なんでって、だって……」

 頭をよぎるのは中学の頃。後ろをついて回っていた清志君にうざいと怒られたことを思い出す。あのときに、他人の思い入れのある場所に軽率に足を踏み入れてはいけないと学んだ。そして高校に上がってから、清志君との距離感を測り間違えたのが決定打。

 同じように伊月君と離れなくちゃいけなくなったら? もうきっと無理だ。また転校したって、伊月君みたいな人に出会えるわけがない。
 だけどせっかく誘ってもらえたのに、断ったら、失礼になるかな。もう二度と声をかけてもらえなくなるかもしれない。
 どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 ぐっと後ろから引っ張られる力にびっくりしてそちらをむく。いつの間にか足を止めていた伊月君に腕を捕まれていたらしい。
 「ねえ」と頭上から声が降ってきた。
 往来のある歩道であっても伊月君の声も手も特別で、呼ばれたら伊月君を見上げてしまうし、やっぱり彼に触れられた場所は熱を持っているように熱くなる。

「涼宮はどうしたいの?」
「えっと、」
「ちゃんと聞くから。それでどうこうしたりしないから。涼宮の希望を教えて?」
「伊月君が良いなら、……連れてって欲しい」
「ん、りょーかい。……じゃ、カントク、日向、そういうことだから!」

 腕をつかんでいた手が手首まで滑り、指をからめとられた。ぐいと再び伊月君の方に引っ張られて、既に歩き始めている彼につられて足を踏み出す。
 骨ばった手に触れた瞬間、この場に相田さんたちがいることもどこかに飛んでいってしまって、別れを告げることすら忘れて伊月君に全ての意識を向けていた。
 振り返った伊月君の流し目に心臓がぎゅうっと縮む。柔らかく細められた目の中に私を映して、絡められた手をぎゅっと握られる。いつのまにか、恋人つなぎになっていた。

「せっかくのオフなんだ。デート、しよう?」
「デートって、」
「涼宮さんは、いや?」

 お願いするように寄せられた眉に、甘い声に、呼ばれる名前に。
 こんなにも簡単に私を引き込む伊月君に対して、どうやって距離をとればいいんだろう。もう自分から距離をとることなんて、出来そうもないのに。


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