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 とりあえず今日は見学、と連れてこられた体育館は、前に伊月君のバスケ姿を見た場所だ。運動靴に履き替えて、そっと中をのぞく。
 日向君は部室に行ったようで今この場にはいないけれど、すでに何人か集まっていて、なにか話しているようだった。見たこと無い人もいる。
 躊躇なく彼らに近づく伊月君の後を慌てて追いかける。昼のことがあって、どうしても気まずい。集団の中にいる小金井君もどうやら同じらしく、一瞬だけ合った目をそろりと外された。
 やめてほしい。余計、恥ずかしくなる。
 伊月君に気づいた水戸部くんをきっかけに、一斉に視線がこちらを向いた。

「へえ、本当に連れてくるとはね」
「相田さん……っと、バスケ部の皆さん!……よろしく、お願いしますっ」

 勢いよく頭を下げる。こういうのは最初が肝心だってことは、痛いほど身に染みている。と、思ってたんだけど。反応がない。やり過ぎちゃったのかな。もしかして、引かれた? テンションうざいとか思われてない?
 顔を上げるのが怖くて腰を折ったままの体勢でいたら、柔らかい声で名前を呼ばれた。相田さんだ。

「礼儀正しいの、嫌いじゃないわ。でも顔を上げて。あなただって、対等な部員なのよ」
「そうそ、涼宮ちゃんが入ってくれるの、俺たち楽しみにしてたんだよー」

 相田さんと小金井君に背中を押されて、恐る恐る身体を起こす。どうやらしくじったわけではないことに胸を撫で下ろす。
 伊月君に後はカントクに聞いてと言われ、当の本人は体育館を出ていってしまった。聞くところによると着替えにいったそうだ。それはそうか。学ランのままじゃ動けない。
 更衣室の場所なんかは相田さんが帰りがけに教えてくれるそうで、とりあえず今は着いてきてと言われるまま、彼女の後を追う。

「そういえば家の人に連絡してある?」
「あ、まだ……練習何時までですか?」
「公式は20時までね。自主練込みなら21時」
「そんな遅くまで……」
「長くやれば良いってもんじゃないけど、やらないのは論外だもの。これくらいできなきゃ日本一なんて、目指せない」

 私には想像もつかないような、遥か遠くを見て、それでもその高い目標を必ず手にするものとして語る相田さんが、まぶしい。
 後悔と罪悪感の塊でしかない私は、いつか目が潰れてしまうかもなんて、使い古されたようなフレーズが頭をよぎった。

 「じゃあ今日からびしばし行くわよ」と言った相田さんの言葉は嘘でも誇張でもなく、言葉通りだった。
____

 毎日の練習内容と、その中でのマネージャーの仕事の説明を受けた。ドリンクを用意するタイミング、洗濯機の使い方、スコアシートの保管場所から、シュートの成功率やダッシュのタイムを測ることからそれらのデータの処理。
 一気に大量の説明をされて、なんとか復唱する。正直、メモを取る暇も無かったから、必死になって見聞きしていた。
 ルールはこれを読んでおいてと、本を渡された。

 あ、れ?

 そういった話を聞いて、すんなり理解できている自分に驚く。なんで? 頭に入ってくる……!? バスケの知識なんて、ないはずなのに?

「なにかわからないことある?」
「あ、えっと、」
「頭に入ってるわよね?」

 確信をもって悪い笑みを浮かべる相田さんに、どうして分かるのだろうとしばし記憶をたどって、合点がいった。
 バスケットボールに興味を持ったこともなければ、触れたことも殆どない。ただ、この人たちと、せいりんで私を受け入れてくれたこの人たちと、同じ場所にいたかったから、勉強した。調べた。毎日、お昼ご飯のたび、難しい横文字を並べて話をする相田さんと、日向君と、なにより、伊月君と、一緒にいたかったから。

 ずっと張っていた緊張の糸が緩まる。そっか、皆、あの時から、私のことを受け入れてくれていたんだ。

 嬉しさに緩む口元がおさえられない。こんなことって、あって良いんだろうか。友達はおろか、部活動、それもバスケなんて、関わりたくとも関われないと思っていたのに。
 それなら私も、少しだけ距離の取り方を変えても、受け入れてもらえるかな。

「何笑ってるの? まだ始まったばっかりよー」
「相田さんっ!」
「な、なに」
「カントクって、呼んでいい……?」
「え……?」

 ぱちくり。そんな言葉が似合うかのように、目をしばたたかせる相田さんに、もしかして、今度こそやってしまったかなと思った。示してもらった好意に、誠意で返そうと、思ったんだけど……。

「なんで名前じゃなくてカントクなのかよくわかんないけど、良いわよ」
「ありがとう! カントクさん」
「カントク、さん? え、さんはいらないんじゃない?」
「それは、まだ外せない、ので」
「……はあ。気長に待つわね」

 名前呼びはまだハードルが高いし、嫌がられたらと思うと怖い、けど。部活だけでも、ちゃんとしたい。だから、朝と夜の部活の間は、肩書きで、呼ぼう。そうじゃないと、どうしても友達という響きに、口元が緩んでしまうから。
 だからリコちゃんと呼べるその日まで、どうか待っていて欲しい。


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