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騙す
ガイがホテルから出てくるのを待っていた。あなたが一人で出てきたら、それが、チャンス。
私を見るあなたの表情は、歪んでいる。ああ、あなたにそんな表情をさせたいわけじゃなかったのに。

「トリシャ?!」

「ごきげんよう、ガイ」

「なんで…こんなところにいるんだ」


本当に、あなたは優しいのね。私のことをただのファブレ家に仕えるメイドだと思っていたのかしら。そんなわけないでしょう。そして知らないふりをしていた。
あなたは私に気づいていた。私の正体にも、目的にも。この思いにあなたが気づいていたかは、わからないけれど。


「それは愚問ね、ガイ。それとも…ガイラルディアと言った方がいいのかしら?」

「なっ」


大きく目を見開いている彼に、綺麗に笑って見せた。これが、きっと最後になるのだから。だから綺麗に笑っていなければ。


「お互い、知らぬふりはやめましょう?全て、わかっているのだから」

「君は…本当に、」

「あなたが何と言おうと、私は私の信じた道を行くわ。ファブレ家を滅ぼすのよ。ファブレ家だけじゃない。この腐った世界を。でも、私たちを裏切ったあなたをまず、」


殺す、とは口にできなかった。だってあなたのこと、愛してるのよ。
ホドであなたと過ごした日々を、私はどうしても忘れられなかった。あなたとした約束、あなたがあの日、誕生日の日に言った、また明日という言葉。それを叶えるために私は今まで生きてきたの。例えそれがあなたの意志に背いても。たとえヴァンデスデルカの駒になるのだとしても。
ヴァンデスデルカのいうこともわかるわ。だって私もこの世界を恨んでいる。私と、あなたを引き裂いたこの世界を。

だから、あなたを――

ザンッ!!

迷いのあるガイラルディアの刀など、敵ではなかった。彼の攻撃をかいくぐり、彼の懐に入り込む。彼の刀をはじいて、そのまま床に倒した。剣を振りかざして、突き刺した。


「ッパトリシア」


何故今になってその名で呼ぶの?ずっと呼んでくれなかったくせに。ずるいわ、ガイラルディア。あなたは、本当に、ずるい。
こみ上げる涙を抑える。今、泣いてしまってはダメ。
この胸に秘めた思いも。すべて悟られぬように、あなたに殺されて死ねるのならば本望だわ。
だから。


「オレを…殺さないのか」

「殺してほしいの?」


心外だわ、と笑って見せた。上手に笑えているかしら。さあ、早く。誰かに見つかる前に。涙があふれてしまう前に。


「パトリシア…君がそう望むのなら。君がそれで楽になるのなら、オレを殺してくれ」

「っなんで…」

「君に、殺されるなら、」

「違う…私、は」


私が欲しかったのはそんな言葉じゃない。

また明日。

そう言ったあなたとの約束を守りたかったの。あなたに死んでほしくない。生きていてほしい。
こみ上げてくる思いを無理やり抑える。ねえ、もう、無理だわ。
だってもうじき、世界は崩れるもの。
私も、死ぬの。


「パトリシア…?」

「最後に会えたのがあなたで、よかったわ。ガイラルディア」


もう、時間だわ。足の先が解離し始めた。膝立ちしている私のその変化に、彼は気づかない。どうか、最後まで気づかないで。


「どうして、か…聞いてもいいか?」


ひどいことを言うのね。あなたは、優しくて、残酷だわ。
もうほとんど膝まで消えかかっている。どうか、気づかないで。


「どうして…?それはね、」


あなたには、悲しんでほしくないの。だから、私のこの思いも、胸の奥深くに仕舞い込む。
私を呼ぶ彼の声。私の足がないことに、気づいたのね。もう、いいかしら。
彼の顔のすぐ横の地面に突き刺さった剣から手を放す。そっとガイラルディアの頬に触れた。


「パトリシア?!」

「あなたとの約束を、守りたかったのよ」


あなたが忘れてしまった、約束を。
あなたとの約束だけは、違えたくなかったから。
はっと彼の息を飲む音。もし、覚えていてくれたのなら、それだけで私は幸せよ。
できることなら、今度こそ忘れないで。あの約束と、私のこと。
あなたの重荷にはなりたくないから、この思いは告げないけれど。


「“また明日”、ガイラルディア」


騙す
(これが、ガイラルディアを、彼を、騙していた代償)
(これが、パトリシアへの想いを、自分を、騙していた結果)

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