BOOK | ナノ

次の日私が登校すると教室の前がちょっとざわざわしていた。
なにごとだろうかと心持ちゆっくり近寄ると、1人が私に気付いた。

「イズミ!」
「おはよ、どうしたの?」
「こっちが聞きたいわよ、あんたなんかしたの?」
「なにが?」
「柳さんがあんたを呼び出しに来てんのよ」

柳さん、と言えばあのテニス部の、三強とか言われて、なんかすごい強い人のことだろうか。正直大して知らない。呼び出される覚えなんてさらさらない。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだし、一限は欠時覚悟で逃げ出してしまおうか。

「柳さん!イズミ来ましたよー!」

あ、こいつ呼びやがった。ちゃっかり制服の袖掴んでるし、これでは逃げようがない。

「あぁ、ありがとう。加藤、おはよう」


人だかりから現れた彼は、昨日のドM変態ストーカーだった。


「え、待って。これ柳さん?」
「あんた柳さんに向かってこれ呼ばわりはないって!」

人違いではないかとも思ったが、彼が昨日の礼が言いたくてな、などとのたまったので私の淡い希望は粉砕した。
授業が始まるからと柳さんは自分のクラスに帰っていったが最後にじゃあまた、と不吉な言葉を残していった。またなんてものがこない事を全力で祈る。

「ねぇ昨日なにがあったのよー?」
「や、なんか、事故が」


なんとまぁ。状況がより複雑になった。
つまり彼は私の同級生で、テニスの上手いちょっとした有名人で、変態でストーカーでドMなのか。それって私、ちょっとした有名人の知られざる性癖を知っちゃったってことかもしれない。

授業中必死に考えた挙げ句、昼休みにこちらから彼を呼び出すことに決めた。私がこの時彼がテニス部でなんと呼ばれていたか思い出せればそんな馬鹿なことはしなかったかもしれない。私が彼に勝てるわけはなかったのだ。


「加藤の方から呼び出してくれるなんてな。何のようだ?」

心なしかわくわくしているのが窺えてすごく嫌だ。さっさと話を終わらせて金輪際関わるのをやめよう。

「単刀直入に言うけど、あんたのその性癖ってみんな知ってるの?」
「性癖?」
「ドMで変態だって」

私がそう言うと彼は頬を染めた。こいつ、わざと言わせたな。

「いや、知らないだろうな」
「じゃあさ、バラされたくなかったら……」

その時彼がその細い目を開いたので私はつい言葉を切った。なんだか変な顔をしているなと思ったら、どうやら頬が弛むのを必死で堪えているようだ。口元を手で覆った。

「……脅迫、か」

悪くないな、なんて呟いている。だめだ、私はやっぱり彼を、というかMを舐めていたのだ。こんなのまでプレイの一環になってしまうのか。
とりあえず彼が従ってくれることを祈りつつ言葉を繋いだ。

「バラされたくなかったら、もう私に関わらないで」

途端に彼は、がっかりしたような、興醒めしたような視線を私に向けた。なんだその顔。むかつくなぁ。

「それはいただけないな。それでは話が終わってしまう」
こちとら続ける気なんざねーんだよ!
「言うことを聞け、もしくは奴隷になれというのが好ましいだろう」
彼はテストの解説でもするかのように言った。あぁ、残念なイケメン。

「じゃ、じゃあみんなに言うからね」
「あぁ、構わない」
予想外の答えだ。私が口をぱくぱくしていると彼はため息を吐いて理由を説明してくれた。なんか腹立つ。

「証拠もなにもないんだろう?いくらお前が言ったところで誰も信じない。社会的信用度も俺の方が高いしな。それに俺は隠しているわけではないし、お前にバラされたところで大した痛手はない」

あっさりそんなことを言って、唖然とする私を尻目にいなくなってしまった。


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