「おかえり」
「ん、ただいま」
彼女の家に平然と居座る俺と、それをなにも咎めない彼女。いわゆる朝帰りの彼女は、自分の浮気がまだばれていないと思っている。アリバイは完璧だし、本当に仕事で朝帰りの日もあるのは知っている。でも、こんなんじゃ俺は騙せない。そのぐらい、彼氏なんだからわかって当然だ。
「にお、ただいまあ」
少し酔っぱらっているみたいだ。舌足らずに「にお」と呼ぶのは彼女の昔の癖で、酔うとたまに戻る。
彼女は俺の首に手をまわした。アルコールの匂いに混じって、嗅ぎ慣れない匂い。相手の男の匂いだろうか。俺はその匂いを胸一杯に吸い込んだ。
「風呂さっき沸かしたとこじゃき、まだあったかい」
そう言えば彼女はふらつきながら風呂場に向かい、服を脱ぎ始めた。脱衣所のドアは開けっ放しだったから、遠慮なく彼女の身体をチェックする。もしかしたら、わざと俺に確認させているのかもしれない。胸、お腹、背中、は綺麗な物だ。いつ見ても肌が白くて綺麗だ。ケツも太腿も問題ない。ああ、内腿だけ赤くなっている。
やっぱり詰めが甘い。
俺は、そんな馬鹿な彼女が、愛おしくてたまらない。
シャワーの音がし始めたので彼女の携帯を開く。暗証番号はずっと同じ、彼女の家電の下四桁だ。彼女は俺がこのことにすら気付いていないと思っているのだ。少し心外だ。
『おはよ』『朝変な猫いた』(写真)『すげー顔』『かわい』『かわいかないじゃろ』『おやすみ』『おはよう』
俺たちのくだらない会話の記録の方もちらりと見る。でも、お目当てはこれじゃない。
『じゃあ今夜よろしくお願いします』『はい』『次はいつ会えますか?』『来週』
必要以上に冷たい彼女の返信。こんなんじゃこうして俺に見られたらばればれだ。まあ、そんなの関係なくばればれなんだが。
音のでないカメラで画面を何枚か撮影した。
それにしてもこの男は、こいつの魅力はこういうそっけないところだってちゃんとわかっているんだろうか。実際、わかっていてもわかっていなくてもどうでもいいが。だって、結局彼女は俺のもんだから、浮気相手なんてやつはただの道化だ。彼女のことを好きであればあるほど、滑稽で滑稽で少し不愉快だ。
彼女の携帯をそっともとの位置に戻す。
***
携帯におさめられた写真を眺める。大量の写真を新しい方から古い方へ、人差し指でスクロールしながら一枚ずつ横へ送る。
男と腕を組んでラブホに入って行く彼女。出てくる彼女。恋人つなぎで楽しそうに歩く彼女。非常階段でキスする彼女。車の中でいたす彼女。男の顔は様々だ。
この時間が一番落ち着く。彼女の全部が俺のもんだとよくわかるから。
顔が緩んでいくけれど、彼女のいない彼女の家で誰が咎めるでもない。そのままどんどん古い写真へと進む。
不意に、ガチャリと鍵が開く音がして彼女が入ってきた。
「ただいまあ」
「おかえり。早かったのう」
今日は遅くなると言っていたのに。
「んー?残業なくなったの」
鞄をおいた彼女の手が俺の首にまわった。
「だからまさと一緒に過ごせるよー」
あいつと別れたのか。
彼女はもう俺の服を脱がしにかかっている。振ったのか振られたのか、とにかく別れてきたんだろう。どちらにしても別れた日はだいたいこんな感じだ。
特に感慨はない。嬉しいとも悲しいとも思わない。こうして結局は俺に甘えてくるこの馬鹿な彼女が、ただ愛おしい。