「ね、あなた魔法使い?」
不意に声をかけられ、木更津亮はいやいや目を覚ました。春先の心地よい風の中ベンチで貪っていた惰眠を邪魔されるのはいいものとは言えなかった。
「……はぁ?」
「私、魔法使い探してるの」
それはどうやら彼と同い年くらいの女の子で、ベンチに寝そべる彼の彼を興味深そうに覗き込んでいた。
「魔法使い?」
亮が繰り返すと彼女は目を輝かせて大きく頷いた。
「そう。魔法使いは髪を伸ばすんだって本で読んだわ」
彼の長く美しい黒い髪が無造作にベンチに流れるのを見つめながら、髪には魔力が宿るらしいのと彼女は言った。
亮はああ、変な奴に絡まれちゃったな、なんて思ったが、すっかり目も覚めてしまったし体を起こしてもう少しこのおかしな女の子に付き合ってみることにした。
「俺、魔法使いに見える?」
「見えるわ。ちょっと若いけど」
「ふーん。目がいいね」
彼女の顔がぱあっと明るくなった。
「じゃああなた、やっぱり本物なのね!」
「まだまだひよっこだけどね」
「そうね。だって同い年くらいに見えるもの。魔法使いは若作りだっていうけど……私と同じくらいよね?」
「さぁ、どうだろう」
彼が含み笑いをしながら意味深に言うと彼女もくすりと笑った。
「それより私、魔法使いさんに頼みたいことがあるの」
彼女がその先を言う前に彼は手で軽く制した。
「言わなくていい」
「わかるの?」
「……君、好きな呪文は?」
彼は彼女の質問には答えずにそう言ったので、彼女は不思議そうに聞き返した。
「好きな呪文?私の?」
「そう。君の願いは君の言葉で叶えなきゃ」
そんなものかしら、と彼女は好きな呪文を考えてみる。
「マハリークマハーリタヤンバラヤンヤンヤン」
「え?」
彼女が急に節を付けるようにしてそう唱えたので彼は眉をひそめた。
「知らない?」
「知らない。俺の知ってるやつにして」
魔法使いのくせに、とか好きなの言えって言ったのに、なんてぶつぶつ文句を言いつつ彼女は素直に他の候補を考えてみる。
ああ、あれがいい。
「シンデレラの、知ってる?」
「ああ、うん。それがいい」
じゃあそれ唱えてよ、と彼は言った。彼女はてっきり彼が唱えるものだと思っていたので面食らったが、魔法使いの言うことだものと息を吸った。
「ちゃんと気持ち込めてね」
少しも疑う様子のない彼女がおもしろくて彼は喉の奥で笑う。彼女はこうまでして一体何を叶えたいんだろうかという疑問が頭をよぎった。
彼女は背筋を伸ばして唱え始めた。
「ビビデ、」
彼はなんだか違和感を感じた。
「バビデ、」
彼女の吐く息に色がついているみたいな、
「ブー!」
その瞬間、一陣の風が吹いた。
亮の髪と彼女のスカートがふわりと巻き上げられた。
2人は一瞬目を細める。
世界は途端に色鮮やかになり、今までどんなに色のない世界に生きてきたかに気付いた。
ほんの数秒前までずっとあんな世界で生きてこられたことが信じられなかった。
「……君、がやったの?」
彼には、無邪気にスカートを翻しくるりとまわる彼女が光を放っているように見えた。
「何言ってるの!魔法使いさん、あなたでしょう?すごいわ!」
彼女の目には、眩しそうに目を細めた彼がなにより鮮やかに映った。
「願いを叶えてもらったんですもの!お礼をしなくちゃ。魔法使いさん、私どうしたらいいかしら」
「……君の」
春の日差しというのはこんなにも肌触りがいいものだっただろうか。
「君の名前を教えて」
ビビデバビデブー
(君は世界を変えた魔法使い)
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