「ぜひその怒りのまま俺を罵倒してみてくれ」
「やだよ」
死ぬほど不本意ながら日常となってしまった光景だ。
彼は性癖を隠さないどころか、ところかまわずこうして私に変態的なお願いをしてくるようになった。これによりファンは当初ふたつにわかれた。"どんな性癖でも柳さん"派と"なにかの間違い"派だ。しかし、私が近くにいなければ今までとかわりないらしく"まぁいっか"派やら"私が虐めたい"派やらなんやらより細分化している。らしい。
私としてはさっさと"私が虐めたい"派のところへ行って気のすむまで罵倒されてほしいものである。こういうのは利害一致を目指すべきだろう。適材適所というか、ギブアンドテイクというか、とにかく、私に頼むのは間違っている。
「ねぇ、あのさ、」
「なんだ?ちなみに俺は罵られなくても断るときのお前の冷たい目だけで茶碗三杯はいけるぞ」
「えええええまじでぇぇえ」
嫌なことを聞いた。じゃあこれから私はどうしたらいい?
「それで、なんだ?」
「あ、いや、だからさ、なんで私なの」
「……一目惚れだな」
私は自分の状況を呪った。性癖さえ、性癖さえ普通なら!
というかこの人の一目惚れって、あんまり、聞きたくない話だ。
「俺が声をかける前の日、お前は校内を走っていただろう」
言われてみればそんなこともあったかもしれない。廊下を走るくらい珍しいことではないのであまり覚えていないけれど。
「その時お前は俺にぶつかったのだ。覚えていないか?」
……びっくりするくらい覚えていない。なにをそんなに慌てていたんだ、私。首を横に振ると柳は残念そうに続けた。
「お前はそこで、俺を一睨みして走りさったのだ」
最低だ、私。
「走っていたのは自分なのだから本来は謝罪すべきなのにあたかも俺が悪いかのように睨み付ける理不尽さ、絶対零度の冷たい瞳。それに惚れたのだ」
……自業自得ではないか。廊下を走るなと言われるわけがよーくわかった。神様仏様、私加藤イズミは金輪際廊下を走ったりいたしません。だからこの状況をどうにかしてください。
「よくわかったろう?お前には素質がある」
「ほんと謝るからさ、もうやめよう」