私以外は誰もいない廊下。
オレンジ色の窓。
静まり返った、放課後。

今、私が立っている場所。


深く考えてみると、普段何気なく通っている学校も、こうやって放課後になって誰もいなくなると案外ロマンチックなのかもしれない。
少し時間をさかのぼればたくさんの生徒で溢れかえって騒がしくなるのに。変な感じ。


そんな、いつもの私なら考えもしないことが頭の中をぐるぐるしているのには、ちゃんと理由がある。

そういう心情なのだ。つまり、私は今、とても緊張をしている。
高鳴る胸が黙ってくれず、この静かな廊下で私の心臓の音だけがうるさい。



――私には最近、気になる人がいる。


でもその人は2つも年上の先輩で、こんなちんちくりんの後輩じゃ相手にしてくれないかもしれない。
でもだからってこの気持ちを消すこともできないから。

諦めたくないなって、そう思った。
あと何か月か経ったら、先輩は卒業してしまうわけで。今頑張るしかないじゃない、それじゃなくちゃいつやるの。


そう決意して、今日勇気を出して呼び出したのだ。



大丈夫、きっと来てくれる。
待っていることに挫けそうになっている私自身を何度も励ました。

そんなことをしても緊張が和らいでくれるわけもないのに。
3年の教室に続いている方の廊下の先を見ていても、その人が来る気配はなかった。

……来て、くれないのかな?



たまにプロレス技をきめられていたり、ジュースやパンを買いに走らされていたり。
その人の、パシリをされているときの姿がとても印象的だった。

楽しそうだなぁって。仲良さそうだなぁって。
出来れば私もお友達になりたいなぁって、思ってた。


でも2年も後輩の私がそう易々と先輩にお近づきになれるはずもなく、だから意を決してこうやって先輩に少しでも近付けるように行動しようと思ったのだ。


だってうだうだと悩んでいるだけなのは性に合わないんだもん。
それならば会ってしまった方が話は早いのではないかと考えたのだ。

でも、来てくれるかはわからない。


緊張、する。

廊下の先を見つめているだけなのも辛くなってきて、いつの間にか私は俯いて自分の足のつま先を眺めていた。

もう帰るタイミングさえも逃してしまった。



そうやってしばらくすると、視界に私のものではない足が映ったことに気付いて、急いで顔をあげる。

そうすると目の前には、走って来たのか息を切らして、それでいて照れくさそうに頭をかく男子高校生。……私が待っていた人で、今気になっている人。



「遅れてごめんね! ちょっと友達に捕まってて」



少しだけ上擦ったように聞こえる声に、この人も緊張しているんだと分かった。
来てくれたことにホッとしてから、そのことに違和感を覚える。

でもすぐに違和感の正体に気付いてしまうんだ。


だって、違うから。
私はこの人の、楽しそうに叫んだり、楽しそうに笑ったりしているときしか知らないんだもん。

こうやって緊張したような姿は、初めて見る。



「友達、って……桜井先輩ですか?」

「うん、そうだけど?」



いつの間にか乾いてしまっていたらしい喉が、貼りついているみたいだ。
もっとちゃんと話したいのにうまく声が出ていってくれない。


桜井先輩と一緒にいたんだ……。
大体想像はしていたけど、やっぱり本人から直接それを聞いてしまうと、胸にこう……くるものがある。

あぁもう。その胸に逆流してきたものと緊張、どちらも吐き出せたら、今の私はどれだけ楽になるのだろう。



桜井先輩にプロレス技をきめられたり、桜井先輩のためにジュースやパンを買いに走っていたのかもしれない。

その光景を私はこの学校に入学してから、頻繁に目にしてきていたから。


私も先輩とそんな風に、仲良くなれたらなぁって。



だけど目の前で何故かそわそわしている先輩を見て、私も落ち着きがなくなってくる。

私の考えに、気付いてしまったのだろうか。
だったら早く言葉にしないと。

早く伝えなくちゃ、私の話を聞かないまま帰ってしまうかもしれないのだから。



「あの、」

「……うん?」

「えっと、」



さっきまでどうやって伝えようかいっぱい考えていたはずなのに、それがどこかへ飛んでいってしまったみたいだ。緊張するって、これだからこわい。


可愛らしいレターセットに、「伝えたいことがあるので、来てください」のその文章と、場所だけを書いて渡したのだ。

渡したときも緊張したけど、今はそれとは比べられないほどだ。口から何か出てきてしまいそうだ。

ゆっくり話すために呼んだ。それならば黙っているだけなのはいけないこと。



「私、あなたに言いたいことがあって……!」

「う、うん」

「……」

「……」

「わ、私!」

「……」



静かな廊下には、たった二人だけ。

これじゃ私の心臓の音も聞かれてしまうんじゃないかって思った。


それと同じように、目の前で息をのんだ先輩もまた、緊張、しているのだろうか。そんな感じがする。
でもどうしてそんなに彼が緊張しているのかが分からないけど、そういうのってうつるものなのかもしれないし……。



「あのさ、」



言葉の続きを言えないままでいる私に気を遣ってくれたのか、沈黙の中、彼が最初に口を開いた。



「何でも言っていいよ。俺、ちゃんと聞くし」

「……っ」



泣いてしまうかも、と思った。
それでも涙は出ないで、私の強張っていた頬が自然に綻んでいった。

力が、抜けていく。
私はその言葉を無意識に待っていたのかもしれない。

「言ってもいいよ」って。



「あのですねっ、今日、あなたをお呼びしたのには理由がありまして!」

「うん」

「移動教室とかで先輩が楽しそうにしているのを、よく見かけてて……それで、」

「うん」



所々つっかえながらも一生懸命伝えようとする私を見てか、相槌をうちながら彼も嬉しそうに微笑んだ。



――やっぱり「似た者同士」、分かってしまうのかもしれない。














「わ、私も桜井先輩と、仲良くなりたいんです!」

「……、……ん、えっと……はい?」



桜井先輩に弄ばれているときの彼の表情は、いつも輝いているように私の目には映っていたのだ。

私も! あの可愛くてかっこいい桜井先輩と! 戯れたい!



「いきなりすみません。急で驚かれましたよね……? でも羨ましいなっていつも思ってて、私も桜井先輩のジュースやパンを買いに走ったり、たまに、その……プロレス技をきめられるのもありかなぁ、なんて思っていまして!」

「え、ちょ、ちょっと」

「でもやっぱりこういうことを言ってしまうのは女子として、その、おかしいのかなぁ、と思う気持ちもお恥ずかしながらあってですね……。だから、あなたにまず協力してもらえたらなぁって!」

「……ちょ、え、……え?」



きゃー言っちゃったっ! と恥ずかしくなってしまって、鏡を見なくても顔が真っ赤になっているであろうことは想像できる。

でもそれ以上に、ずっと「似た者同士」だと気になっていた人に素直に話せるのかと思うと、嬉しくて笑顔にもなってしまうんだ。



目の前で目をぱちくりさせている、先輩――桜井先輩が名前を呼んでいた気がするけど忘れてしまった――がなんだかとても間抜けな顔をしているけど、私が言えることではないから黙っていることにする。



「そこであなたにお願いしたいことがあるんです! あなたって桜井先輩のパシリじゃないですか。それってどうやったら私も参加させてもらえるんでしょうか。私も先輩……えっと先輩っていうのは、桜井先輩のほうで。先輩と仲良くなりたいんですが、やっぱりいきなりそんなことを言われたら、先輩も驚かれるのではないかと思いまして」

「……」

「……」

「……多分ね、俺の方が驚いていると思うんだけど……」

「はい?」



何が?

彼は口を開けて、なんだかとても間抜けな顔をしている。でもそんなことに構ってはいられないのだ。
だって今もこうしている内に、どんどん先輩の卒業が近づいてくるんだもん。

あ、先輩っていうのは、桜井先輩のほうで。


別にレズとか百合とか、そういうことではないのだ。
ただ先輩と仲良くなりたい、それだけ。あとちょっとからかわれたりしたい。

ただ、それだけなの!



「それと、俺は桜井のパシリじゃないから! そういうこと言うのやめて」

「……」

「……」

「……はぁん?」

「なんで俺、後輩にこんな睨まれてんだろ……」



俺の期待を返して、と呟きながら項垂れてしまった、先輩――桜井先輩は確か「たなんとか」って呼んでいた気がする――が何を言っているのかよく分からない。


パシリではない……? それならばどうして、プロレス技をきめられたり、ジュースやパンを買いに走ったりしているのだ。

嘘を吐いたって私の目は誤魔化せないんだから!



「だからね、期待には応えられないっていうか。ていうかパシリじゃないからね、俺」

「そ! そんな志の低さで桜井先輩と一緒にいるんですか!?」

「何の志!?」

「……信じられない」

「……うん。俺も信じられないっていうか、ね。……うん」



面白い子だね、と。

私の目の前にいるのに、なんだか遠くを見据えながら乾いたように笑う、先輩――どうしても名前が分からない――を見て、大きな溜め息を吐いてしまいたくなる。

だけどそれは頑張って飲み込んだ。



そんな、バカな……。
だっていつも桜井先輩と仲が良さそうで、だから気になっていたのに……。

そんな、こんなアホっぽい人が……そんな……。



飲み込んだはずの溜め息がまたもや口から出ていきそうになるけど、なんとか我慢した。

それを吐いてしまって、「たなんとか」先輩に嫌われたら。
それこそ私の夢も潰えてしまうかもしれないのだ。


それは、分かっているのだけど、だけど……っ!

どうしても悔しいじゃないか。


私も! あの可愛くてかっこいい桜井先輩と! 戯れたい!



「ぜ、絶対に負けないからな!」

「何に!?」




呼べない名前
(だって、思い出せないんだもん)



「あ、名前思い出しそ……。えーっと、た、た、た、高田!」

「違います」






――――――――――

まず謝らせてください。

美杜さんごめんなさいいいいいいいい!ふざけすぎたかもしれない!
でも書いてる本人はとても楽しかった!!

一応テーマは
「思い込みが激しいドM後輩に、勝手にライバル視される哀れな某T」

そのまんまですね。


初めて自分の作ったキャラじゃない子を書いたので、もうめちゃくちゃですが!
美杜さん、遅くなりましたが誕生日おめでとうございます!大好きです!



アイコより、美杜さん――と某T君に愛をこめて贈らせていただきます(´∀`*)

2013/01/30


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