01
別に理由なんてなかった。
ただ、なんとなく息がつまるような思いがしたから――だから飛び出した。
深夜1時。それでも繁華街は明るく賑やかで。聞こえてくる喧騒は今の私にとって心地よいものだった。
今だけでいいから何も考えたくない。
そう思うのに、私が向かう先は繁華街の路地裏。少しメインストリートから離れただけで陰険な、廃れたような、じめじめした場所になる。
そこは私に泣きたくなる程お似合いの場所。
汚いコンクリート剥き出しの階段。ちょこんと小汚い猫が座っていた。
私もその階段のすみに腰掛け、黒猫をぼぅと眺めた。
猫は好き。
だけど猫を見ると嫌な気分になる。
あぁ、そうだ。
猫は“嫌いにならなくちゃいけない”対照なんだった。
「汚ねぇな」
聞こえた声は冷たくコンクリートに反響した。あぁ、そうだ。私は汚いキタナイモノ。
ガリ、左手首を爪で引っ掻く。私が無意識でやってしまう癖でとても痛い。痕も酷い。
ガリガリと手首を引っ掻く私の姿は想像しただけで不気味だ。痛い痛い痛い。痛いけれど手首よりも心臓が痛い。苦しい。
「何お前、オカシイ人?」
低い声にハッとした。
いつの間にか黒猫もいなくなっていて、気付いたら黒い瞳に覗かれていた。
え、誰…。
「危ないお薬でもやってんの?」
「……お薬……?」
「まぁ、何でもいいや。女子高生がこんな場所で待ってても客は来ないけど。来るのは頭の足りないサル共」
「……?」
「あ、俺は金ないしムリ」
ペラペラと饒舌な男性は暗闇に溶けてしまいそうな黒髪に黒い瞳。……え、誰?
「……あの、言ってる意味が……」
「制服でうろつくのは危ないよ」
「あ、そうなんですか?」
「そんくらい分かれよ」
「……そうですか」
腰を屈めて顔を覗く男性は起き上がり煙草に火をつけた。その動作が妙に色っぽくて目を離さないでいた。
煙草を吸う男性は私の周りにあまりいなかったから珍しいと思ってしまう。
「吸いたいの?」
「……いえ」
「お前さ」
「はい」
「所謂“家出少女”ってやつ?」
「……分かりません」
「ふぅん」
「でも、そうなのかもしれません」
「あ?」
「もう帰る場所がないので」
どうかしてる。見知らぬ男性の前で帰る場所がないなんて普通言わない。もうどうなったっていいやと、自棄になっているとしか思えない。
別にこのまま死んだって構わない。殺されたって構わない。生きるということに執着がないのだ。
「じゃあ、」
煙草を放り投げ、踏みつける。
ぐしゃりと力無く倒れるそれはまるで私のよう。
「ウチに来るか?」
男性の表情は見えなかったけど、私はゆっくりと頷いた。
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