06
 

腕を掴んでいた雨宮先生の手が、私の手のひらへと滑っていく。
ぎゅっと握られてしまえば私はもう逃げることは出来ない。この手を振り切ることなんて出来ないのだから。


どうして雨宮先生は私を追いかけたのだろう。
ここで放っておいてくれないと、諦めがつかないじゃない。


俯いていた顔を上げて、雨のせいで濡れている雨宮先生を見上げる。
私も同じように髪も服も濡れてしまっているけれど、それは気にせずに雨宮先生を見つめた。

我慢しようと思った気持ちも、すぐに溢れ出してしまう。


泳ぐ場所がなくなってしまってもいいから。
メトロノームみたいに、生きているのか死んでいるのか分からない365日に戻ってしまったって、かまわないから。

そういう理屈じゃなくて、私は雨宮先生にこれからも会いたい。


雨宮先生に望んでもらうのを待つだけじゃなくて、私から雨宮先生の場所に行けるようになりたい。

その場に留まり、自分の中でだけ考えて諦めてしまうのではなくて、私から雨宮先生の素顔を知りたいと思ったっていいと思うから。



「蛍川さんが好きなのは、教育実習生をしている僕のことでしょう?」

「……?」

「雨宮先生は、あと数日でいなくなるんですよ。教育実習が終われば大学生の雨宮に戻るんです。だから“教育実習生の雨宮先生”を好きになられても、僕は困ります」

「酷いです、そうやって言われたら……もう何も言えなくなるじゃないですか」

「どうして?」


困る、とそう言っているのにもかかわらず雨宮先生の手は強く握られたまま。


「これは猶予期間ですよ」

「猶予?」

「“雨宮先生”じゃなくて、蛍川さんには俺を好きになってもらいたいんだよ」

「な、」

「逃げられるのは今の内です。次は――逃がさないから」


呆然と雨宮先生を見つめることしかできないまま、その言葉の意味を考えてみる。
授業でやっている読み取りの問題とはわけが違う。

……俺を好きになってもらいたい? 逃がさない?


ぽけっと口を開けている私の顔は間抜けに写ったのだろう。
雨宮先生はクスッと笑ってから私の手を口元まで持っていったかと思えば、手の甲にキスを落とした。


「これからも、俺と会ってくれる?」



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