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私は昔からメトロノームが嫌いだった。あの永遠を思わせる一定のリズムに、狭い部屋へと追い詰められる錯覚に陥るから。それと同時に、数年前に言われた言葉を思い出すのだ。


――蛍川《ほたるがわ》さんってメトロノームみたいよね。


その言葉に褒められたとは思わなかった。だけど、その通りだなとも、確かに思った。

一定のリズムを崩すことなく、無機質的に、ただそこに留まり続ける。あの子の言ったことはその通りだ。


変わることのない365日。メトロノームのように淡々と、同じ音を同じリズムで刻み続ける毎日。

つまらない、つまらない、つまらない。高校に行き勉強をして、塾に向かいまた勉強して、家に帰りまた勉強する。そうしてから昨日とも今日とも変わることのない明日が始まる。


愛している、だから言う通りにしなさいと。拒否することを許されない母からの愛を押し付けられ、それに反抗する勇気さえない私。

有名大学への進学を期待する教師が、どうして私にそんな感情を抱くのかさえ疑問だった。私なんてただのちっぽけなメトロノームなのに。


私が試みたのは、そんなメトロノームのような365日からの脱却。

二週間前、雨宮先生に偶然出会った時に思いついた。……それがくだらなくて浅はかな考えだとしても、私は本気だった。

女子生徒に大人気の、英語を担当する教育実習生。そんな雨宮先生を好きになることが、その近道だと思ったのだ。

思いが実らなくても、届かなくても、そんなことはどうだってよくて。
雨宮先生と学校以外の場所で会うことが、私の変わらない365日の大きな変化になってくれるのではないかと考えた。


英語が苦手だと嘘をつき、雨宮先生に塾が終わった1時間だけ図書館で勉強を教えてもらえるように頼んだのだ。

雨宮先生は驚いたようだったけれど、快く引き受けてくれた。それもすぐに嘘だとばれてしまうのだけれど……。


雨宮先生はそれも込みで面白がったのか、それ以来勉強を教えるのではなく私の話し相手になってくれるようになった。

元々私はお喋りではないから、雨宮先生との間に会話が多いわけではないけれど、ぽつぽつと内緒話をするように図書館で交わされる会話はどれも特別になって――…好きに、なってしまった……かもしれない。

彼に対してこの気持ちを抱くことを望んでいたはずなのに、今となっては苦しいだけだ。


メトロノームとか、変わることのない365日とか、そんなことはどうでもよくなって。
私の心を占めていたそれらが急に馬鹿らしく思えるようになって。理屈なんて、どうでもよくなった。

理屈抜きで雨宮先生を好きになってしまったのだと、自覚した時にはもう遅かった。
これは私自身が望んだことであり、予想外の状態でもある。


「そんなに難しい問題なんですか?」

「え?」

「眉間に皺がよっていますよ」

「……ひゃっ」


皺がよっていたらしい私の眉間に、身を乗り出した雨宮先生の人差し指が刺さる。
突然のことに変な声が出てしまうのも無理はないと思う。

眉間といえど、雨宮先生に触れられたことなど初めてだし、これからもないと思っていたから驚いた。人差し指だけで、私の心を凍り付かせてしまう。

嫌悪感なんてものはない。だけど……こんなのは嫌だ。

すぐに離れてしまう雨宮先生の手。嫌だ、私に触れて欲しい。この図書館の一角に確かに有った“水たまり”が無かったことになってしまわぬように。


だけど、雨宮先生には触れてほしくなんかない。
私を面白がって、からかって、――もうすぐいなくなってしまう雨宮先生なんて、好きになりたくなかった。



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