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「今日も雨が降っていますね」

「……雨宮《あめみや》先生は雨が嫌いですか?」


私と雨宮先生は正方形の4人がけの机に向かい合うように座って、私は英語の問題集を開き、雨宮先生は教育実習期間中に書かなければならない日誌を書いている。

私たちの間に会話は少なく、強く降っている雨の音だけが図書館に鳴り響いていた。


雨宮先生は二週間前に私の通う高校にやってきた教育実習生だ。雨の降るこの季節に、私は彼と出会ったのだ。


「そうですねぇ。最近では割と好きですよ」

「なんですか、それ」

「少し前までは、あまり好きではなかったので」


クス、と図書館ということもあり静かに笑うと、雨宮先生も同じように微笑んでくれた。
そのことに胸の奥がぎゅっと掴まれたような気分になる。

それは私自身が望んだことであり、予想外の状態でもある。


教育実習期間だから黒く染めている髪は、数週間前までは明るい茶色だったらしい。今かけている眼鏡も本当はダテなのだと教えてもらった。

眼鏡をかけた方が教育実習生らしく見えると思ったのだとも言っていた。
頭の良さそうな外見をしているにもかかわらず、考え方は意外と単純なのかもしれない。

……それに雨宮先生は教育実習生といえど、単位取得と興味本位のためにやっているだけで教員になるつもりは毛頭ないらしい。

そんな色々なことを、この二週間で教えてもらった。雨宿りをした図書館でばったり会って以来、こうやって一緒に図書館で過ごすことが当たり前となっている。


突然、雨が降ってきて。
カラカラに乾いていた私の場所に、水たまりができた。

その場に留まり続けることしかできず、息苦しさを感じていた私に、泳ぐ場所ができたのだ。


「雨のほかには何が好きですか?」

「……そうですね」


その好きなものを考えているらしい雨宮先生は、持っていたペンを置いて何も言わないまま私を見つめる。

その色っぽい視線の意味を憶測することはできる。けれどそれは、所詮は私の憶測の域でしかない。

雨宮先生が私のことを好いているなど、考えるだけ無駄なのだ。雨宮先生は私をからかっているだけなのだと、解っている。


「僕に勉強を教えてもらうために小さな嘘をついた、頭の良い女子高生、とか好きですよ」

「そっ、その話はもうしない約束ですよ……っ」


見つめられていると余計に胸が苦しくなっていた私も、“そのこと”について言われてしまえば恥ずかしさで赤面してしまう。

私がそうなってしまうと分かっているから、雨宮先生はことあるごとにそのことを口にするのだ。


「もういいです」と机に広げている問題集へと逃げると、おかしそうにクスクスと笑っている雨宮先生の声が聞こえてくる。

吐息が聞こえてくる距離にいるわけでもないのに、雨宮先生の声を聞くだけで耳のあたりや、胸の奥がこそばゆくなるのだ。

これ以上近付きでもしたら、脳みそがぐずぐずに溶けてしまいそう。……そもそも、私と彼がこれ以上近付くことはないのだろうけど。


生徒と教育実習生という関係よりは近い。だけどそれも、近付いてしまった後は離れていくだけ。



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