「……ん、……」
「起きたか」
「……タマさん……?」
「あぁ、ここにいる」
寝返りをうつと、ソファで煙草を吸うタマさんが見えた。眠そうに欠伸をしていて黒い髪が濡れていた。
あぁ、シャワーを浴びたのか。
「……あ、そうだ、タマさん」
「あ?」
「私聞きたいことがあって」
「何だ何だ」
「ここのバスルームはどのように使うんですか?」
「……はぁ?」
「トイレがあるから、どうやって入るのか分からなくて」
「……お前、すげぇな」
「え?」
こっち来い、と笑いながら立ち上がったタマさんの後を着いていくと丁寧に入り方を教えてくれた。その他のことも。
タマさんは服を手で洗うらしい。そのことに本当に驚いた。
初めて見る世界にドキドキする。ワクワクもする。
今まで死んだように生きてきた。錆び付いた操り人形のように。
「すごいですね。タマさんすごいです!」
「何がだよ、バカか」
「ふふ」
「楽しいか?」
「は、はい。これが多分“楽しい”だと思います」
「そらよかった」
煙草を持っていない方の手で私の腕を取る。細長くて綺麗な、だけどゴツゴツしている指先だと思った。
これが男性というもの?
「タマさんは不思議です」
「あ?」
「今まで会ったどの人にも当てはまらないんです」
「……」
「不思議な人です」
「……雪乃に言われたかねぇな。お前もとことん変だぞ」
「そうですか?」
「あとな、お前のちっぽけな世界で物事を計るんじゃねぇ」
「はい?」
「もっと視界を広めてみろよってこと。この死にたがりが」
「……」
何を言っているんだろう。タマさんは私のことを知らないのに。“死にたがり”?
「……私は死にたいわけじゃないです」
「でも死んでもいいって思ってるだろ?」
「なんでそう思うんですか?」
「顔見りゃ分かる」
「それは……知りませんでした……」
「笑ってろ」
「え?」
「仏像みたいな顔よりも、笑ってた方が可愛いだろ?」
仏頂面ってことなのかな?……それはどうなんだろう。顔の造型はいい方じゃないし、その上仏頂面じゃ救いがない。
タマさんは無表情になったり、無邪気に笑ったり、気まぐれでやっぱり猫みたい。
「でも私、あんまり上手く笑えないんです」
「そーか?」
「はい」
「練習あるのみだな」
ベッドに座らされて、何をするのかと思ったらおにぎりを渡された。どうやら食べろということらしい。
「大変です、タマさん」
「何だ何だ」
「おにぎりが変なフィルムに包まれていて食べれません」
「……」
なんだろう、これは。
ツナマヨと書かれたフィルムはおにぎりを複雑に包んでいて肝心のそれには辿り着けそうにない。
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