泣き方を教えて あれ以来、俺達は違和感は残るものの、また元の関係に戻りつつあった。ただ、あの夜にあの時見たサッチの隊の奴が俺と入れ代わるように部屋に入っていったことを除けば、の話だ。 ひやり、とした。 夜目があまりきかない己でもわかる程に頬を染めつつ、すれ違う己に会釈をして扉に滑りこんでいった男。あれを引き止めて、なんになるわけでもないのだが、衝動的に手を伸ばして止めようと扉のノブを握った。 「友達、か」 前は当然だと思っていた言葉なのに、それが今は相応しくない言葉に聞こえた。友達、が嫌というわけじゃない。だが、今更自分がどうしたらいいのかもわからず、ノブを放して走るように部屋に逃げ帰った。 「・・・失敗したか。」 「なにがだよい、」 「お前ら、くっつくかと思ったのに。」 部屋に入って息を整えていると、イゾウが残念そうに眉を寄せながら部屋に入ってくる。片手に持っている酒瓶はイゾウなりの優しさだろう。 「飲むか?」 ちゃぷん、と音を立てた葡萄酒には申し訳ないが、今は酒に逃げる事はしたくなかった。 「いや、今はいいよい」 「そうか、」 「・・・泣きたいなら、泣けば?」 最初からわかっていた、といわんばかりに溜息を着いたイゾウの胸を掴んだ。じゃあどうしたら良かったんだ、お前がけしかけたんだろ、なんて責任をイゾウに押し付けるように大声で詰るように言いたいことを撒き散らす。 「・・・で、マルコはどうしたいの。」 「わかんねぇよい、展開が早すぎてわかんねぇんだ。」 「じゃあ、どうなって欲しい?」 元に戻りたいんだったら、お前は今まで通りにしてれば向こうは友達として接してくれるだろうよ、なんて先ほどの己を怒ることもなく淡々とイゾウは言葉を紡ぐ。 「でもな、お前の欲しいのってそうじゃないんだろ。」 「・・・!」 「なら、このままでいいのか?」 「海賊にしちゃ、考え方が優しすぎるんじゃないのか、マルコ。」 どうすりゃ良いんだと頭を抱えたところで、にたりとイゾウがそりゃ簡単だ、と笑う。責任転嫁や泣き寝入りは至極結構。だが、いつまでも周りでぐだぐだとやられたんじゃ迷惑だ、なんて口上を述べてからイゾウは胸を軽く叩いた。 「手は回しといてやるから、お前は自分に素直にいりゃいい。」 「手を回すって、やばい事は・・・!」 「なァに、俺にまかせときな。」 そう言いながら勝手にサイドテーブルのグラスを手に取り、葡萄酒のコルクを抜くイゾウ。グラスは一つだったからてっきり一人で飲むんだと思ってみていたが、瞬間腕に押しつけるように冷たいグラスの感触。 「、っにすんだよい!」 「ほら、飲め飲め。」 「いらねぇって言ったろい。」 「こういう時に飲まねぇと、酒の意味がねぇだろ。」 「飲んで、どうなるってんだよい。」 自棄になって伸ばした先の葡萄酒を喉に流したところで変わることなどないだろう。執拗に薦めるイゾウに苛ついて振り払った拍子に掠めた手が、葡萄酒を床に叩きつけた。 「・・・こりゃ、酷いな。」 「あっ・・・、すまねぇよい。」 「まぁ、良い。好きにすりゃあ良いさ。人の恋路にはなんとやら、って言うしな。」 少しだけこちらを憐れむような顔をして、イゾウはこちらを一度も見ずに扉を出ていく。 「イゾウ!」 「悲劇のヒロインやりたいなら、お一人でどうぞ。」 「そんなんじゃ、」 「だから、良いって。俺ももうとやかく言うつもり無いし。好きにやれよ。」 突き放すように閉められたのは、やはり木製の一枚板だった。それを己から開くことも出来ずに拳を板にたたき付ければ、瞬間に立ち上る青い炎。傷つくことができない体に伴わず、心だけが酷く傷んでいくようだ。 「俺にどうしろ、ってんだよい。」 泣き方を教えて back |