中編:海賊♂ | ナノ


浮かべる氷と光る気泡


「いいよなぁ・・・今頃学生は夏休みかぁ・・・」

もう7月だ。俺がこちらの世界にやって来てから何年も経過した今になっても、ふと向こうの世界を考えてしまう瞬間がある。俺がこちらの世界に来たのも7月だった。7月と言えば向こうで俺の時間が止まったままであるならば、もうすこししたら夏休みであり、夏休みと言えば海だ、山だ、なんてはしゃいだモンだ。

「まぁ、海は見放題だけどさぁ。」

あれは滅多にない機会だから良いんであって、こう連日連日では感動も珍しさも失せる。それに何よりいけないのが、能力者ってのは海が近くにあっても泳ぐことすらできやしないのだ。

「プール、行きたい。プール。」

泳げないから可愛い女の子侍らせてビーチ遊びってのも悪くないが、如何せん休暇なんてものは俺には無い。最近逃げ出してばかりだから机の上には書類が山積みになっているし、これではどう足掻いても公式のお休みなんて降りる気がしない。

「・・・んー・・・クザンもいないしな・・・」

とりあえずこれ片づけてから訓練場の後ろで寝っ転がって昼寝でもしよう。そこはもっぱらクザンの特等席なのだが、遠征中もといバカンス中で本部に居ない男に責められることもないだろう。

「よし、これ終わったら昼寝!」

ざっと纏めて資料を積んで、それからは一歩も机から立ち上がらずに書類にサインを行っていく。たまに解らない単語はあるものの、結構前から茶会と称したお勉強会をボルサリーノにして貰い続けてからは、それなりに効果もあるのか、文法の雰囲気とよく見る単語の意味を繋げばなんとなくでも文が読めるようになってきている。まぁ解らない単語に至ってはワノクニから取り寄せたらしい、俺にとっては一般的な辞書でなんとかなっている。ちなみに取り寄せをしてくれたのは見かねたサカズキだ。本当、海軍ってろくでもないと向こうの漫画では思っていたのだが、そうでもなかったから良い意味で俺の知識は裏切られている。

集中して何時間経っただろうか。ガリガリと最後の書類にサインを書き終えれば、結構な時間が経っていて、昼飯を食べ損ねた胃がここまできてぐぅと主張をはじめる。15時ちょっと過ぎ、かぁ・・・。昼飯にしては遅いが、喰わないと夕飯まで持つ気がしない。
当然こんな時間にはもう食堂は開いていないし、外で開いている店を探して食うしかないだろう。

「・・・このままサボるか。」

机の上片づけたし。もう今日はこれ以上仕事をする気にもならないというか、俺の中で今日の仕事はもう終わり。まだこれから夕方にかけて決済する書類が来るのだろうけど、今日はもうやる気がしないからなぁ。ふらり、と本部から抜け出そうとした時に後ろから呼びかける声。

「こら、ナマエ。」

年の割にぴんと筋の入った女性の声。海軍ではよっぽど聞き間違えることのない相手に、振り返りつつ返事をする。

「どうしたの、おつるさん。」
「何処行くのさ。」
「・・・ん、昼飯食べに。ちょっとそこまで・・・。」

指で本部の外をさしながら、はははと笑う。まるで悪戯を母親に見つかった悪ガキみたいだ。まぁ海軍の母って言う点ではあながち間違っては居ないのだが。

「・・・なら、一緒に行こうかね。」
「へ?」
「あたしも、お昼食べ損ねちゃったんだよ。」

お茶目ににこりと笑いながら舌を出すおつるさんは、俺が海軍に入ったときからなにも変わらずずっと昔のままだ。多少皺が増えて、背も縮んだかもしれないが、本当にそれくらいしか変わっちゃ居ない。

「いいですよ、ただし帰るのが明日になっちゃうかもしれないけど。」
「・・・構わないよ、息抜きもたまには必要だしね。」
「やった、おつるさんと一緒ならセンゴクさんにも言い訳が・・・イテッ」

ぽこん、と胸元を叩かれる。まぁガープさんの拳骨とかに比べれば痛くはないのだけれど。

「素直に嬉しいとか、言えないのかね。この子は。」
「・・・本当に、良いんですか?」
「たまには、ナマエも甘やかしてやんないとね。」


白い髪を意気揚々と海風に靡かせて笑うおつるさん。愛車の荷台に引き出しから取りだしたクッションをくくりつければ、何の躊躇もなく俺の後ろに飛び乗る小柄な肢体。ぎゅっと握られたベストの端がくすぐったい。片足を蹴って走り出せば後ろからは笑い声。


「さて、どこに連れて行かれるやら。」
「・・・おつるさん、変なハードル上げないでくださいよ。」


浮かべる氷と光る気泡

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