何色にも染まれず 「ナマエ、昇進おめでとう。」 2期生からの中将昇格はこいつが初めてである。どこか遠くを見つめることの多い黒い瞳を持つこの男の瞳はいつだってどこも写していないことは知っていた。その瞳を覗き込んだ時に己が深みにはまってしまったことも知っていた。 「・・・ん、ありがと。サカズキ先輩。」 嬉しいよ、なんてわしの手のひらから昇進祝いの赤い花を受け取りながらナマエはいつもと同じように笑っている。 「先輩ってのも今日でおしまいになるのかな、サカズキ中将。」 「サカズキ、でいい。」 それなら、と砕けた口調に戻したナマエは、わしが送った花束の中から一等大ぶりな花を引き抜いて息で一輪を凍らせた。 「赤い、薔薇。サカズキの花だね。」 燃える、炎のような深紅。深い深い贖罪と赤い赤い情熱の色。危険色。 「・・・どういう意味じゃ。」 「サカズキらしいってこと。」 ナマエは凍らせた長いバラの茎を手折り、ちょうどいい長さになったところで己の胸ポケットに差し込んだ。ひやりと冷えたのは胸ポケットから近い心の蔵だろうか。それともなぞる様にふれられた手のひらに囚われた己の心だろうか。 「サカズキには赤が似合うよ。」 「・・・青雉、の名前を頂いたからには青色の花が良かったちゅうことか?」 「色にはさほどこだわらないけど、青色は好きかな。」 冷えた、氷のように澄んだ深淵。深い深い悲しみと青い青い諦めの色。沈殿色。昔きいた話によると植物界の中で青というのは存在しない排他された色なのだという。そして幻、存在しないはずの色。 「・・・お前には青色は、似合わん。」 「そう、かな。」 そう言われたのは初めてだ、と目を丸くしたナマエは今まで見たこともない表情をしていた。そこまで驚くことではないだろうに、その様子が一番 "彼" らしいと思ってしまった自分に苦笑する。 「じゃあ、何色がサカズキは俺に似合うと思うの?」 「・・・・・・ 白、じゃ。」 「・・・そんな、お綺麗なものじゃないと思うけどね。」 でもちょっと考えちゃうなぁと黒髪をクシャクシャにする仕草は、彼なりの照れ隠しかなにかなのだろう。 「次は白い薔薇を期待しても?」 「お前より、わしのが昇進は早いじゃろうけ、期待はするな。」 「・・・こりゃあ、手厳しいねぇ。じゃあそのときは青い薔薇でも送りますよ。」 何色にも為れないまま、何色にも染まりぬ 後日、赤犬が大将として昇進した際に、着色で青色に染められた白い薔薇が胸を飾っていたのは言うまでもない。 back |