中編:海賊♂ | ナノ


意思表示は明確に


「なぁ、ナマエ」

もう何回かめの自分の名前を耳に流した所で手を止める。忙しい、と口実つけていた書類が最後の一枚を迎えてしまったのだ。ぴたり、と腕を止めればそれを待っていたかのように男の長く大きな手が自分の肩を掴む。

「デート、デートしよう! 待ったんだからいいだろ?」

ニコニコと底の知れない笑顔をサングラスで隠しているつもりの男の名は、この海中に知れ渡っている王下七武海のうちの1人、ドンキホーテ・ドフラミンゴといった。デートだ、と騒ぐたびに揺れて落ちる彼の自慢の桃色の羽毛コートの羽を憎らしげに見つめながら、最後の書類にサインを終えると、ようやく己のソファから重い腰を上げる。

「そういう約束でしたからね・・・」

男にしてはよく持った方だと思う。先日癇癪を起こして会議室の一部を破壊した海の屑と同一人物とは到底思えないほどだ。噂だが、いくつかの施設や土地を転がしながら経営まで手を伸ばしていて、それなりに忙しいと聞く。だが目の前の男は暇だ、と呟きながらかなりの頻度でこの部屋にふらりと訪れる。始めは義務感でお堅い接待のように付き合っていたのだが、いつの間にか変な関係になっていた。変な関係といっても、男が言っていたデートをするような仲ではない。茶化してやれば、それに軽いノリを更に乗せて回答が帰ってくる。

「・・・で、今日は何処までお供しましょう ミスター?」
「そうだな、シャボンディパークなんてどうだ? それか美食の街でディナーにするか?」

にちゃり、ガムを口に入れたままで笑う彼に苦笑して、投げ出した口上を口にすれば満足そうに男は笑った。

「何処でもいいですよ?」
「コート脱げ。やばいところ連れてってやるよ。」

コートを彼の言うとおり椅子の上に投げ捨てれば俺はただの男になる。肩書きも一緒にココに置いて着いていくのだ。 だから彼のいう危ない所にいっても、それについて俺は言及はしないし、彼も言及はさせない。要するに内緒、という事だ。 リスクばかり高い散歩すら俺達にとっては遊びになる。

空中を舞ったコートが背後でぱさりと軽い乾いた音を立てて椅子に掛かる。その音を合図にドフラミンゴが上機嫌で指を振れば、見えない糸に引きずられるように身体が自然に男の後を着いていく。始めは抵抗があったものの、今では自分で歩かなくていいなぁくらいの感覚になってしまっている。ただ、荒っぽい彼は適当に引きずるので所々に青あざが出来るのが難点なのだが。以前、そう自分の部下に告げてやれば、口元を引きつらせて笑われたのを思い出す。

「・・・何笑ってるんだ?」
「いえいえ、なぁに、この前の事を少々。」
「いつの事だ?」
「内緒、だ。」
「・・・お前は内緒、が多すぎるんだよ、」

舌打ちが思いの外耳の近くで聞こえ、そちらを見遣れば酷い近い場所にある顔と目が合う。 俺も身長は高いほうであるが、それより少し高い彼が目線を合わせるように猫背になれば、飴色のサングラスから金色の眼が覗く。獲物を射抜く肉食獣の眼。それに苦笑しながら額を手で軽く叩けば、男は大げさに痛がってみせた。

「お前、そんな事してるから姿勢悪くなるんだぞ・・・」
「いーじゃねぇか! 俺が好きで曲げてるんだ。」
「まったく・・・」
「だってよ、俺からだとナマエの頭のてっぺんしか見えねんだからなぁ、」

だから、仕方ないだろうという男に眼を丸くする。そういえば、俺と会うまではその姿勢も多少今よりかはしゃんとしていたように思う。

「お前、そんな理由で身体歪めてたのかよ。」
「オイオイ、かわい子ちゃん。 そりゃねーだろ、俺が涙ぐましい努力してるっつのに。」
「・・・お前の姿勢が悪いのを俺の所為にするな。」

近くなった顔からさらに近づいてくる唇を指で弾く。つれねぇなぁとふてくされるのを見るのも、もう何度目になるだろうか。 こいつからのスキンシップは正直嫌いではない、というか慣れてしまった節があり、俺にとっては正直今のままの方が居心地が良いので好きにさせている。相手もスキンシップは過激にはなるものの、表だって真剣に告白をしてくるわけでも、強引に迫ってくるだのの行動をとるわけでもない彼に今のところは安心している。海賊の癖に変な所で律儀だなぁと思わざるを得ない。まぁ強引に襲われるなんて事があれば、俺も一応海軍のはしくれだ。全力で抵抗するのは言うまでもないのだが。

「・・・こんな近い癖にキスも満足に出来やしねえなんて生殺しにも程があるぜ、」
「まぁ、お前と遊ぶのは嫌いじゃない、 コートくらいは脱いでも良いとは思うくらいに。」
「へぇ、どうせならコート以外も脱いで欲しいもんだが・・・」
「遊びで見せるほど俺の裸はお安くないんでね、」 

くすり、と薄く笑えば彼がこちらを見たまま呆けている。本気の奴を前にからかうなど、性質が悪いとよく言われるがそこは仕方ない。誤解? 勝手にすればいいさ。鳥頭でも考えれば分かる程度のヒントは毎回ちりばめてやっていると、俺は自負しているつもりなのだが。誤解していた事が正解だって事だって時にはあると思うんだが、相手が茶化しながらの遊びの延長であるのだから、俺も遊びらしく振る舞っているのだ。遊んでやる分には今の現状で問題ないだろう。俺にしてはお優しい処遇だと思っているのだが、男はそれが不満らしい。

「えっ、それってどういう・・・?」

ばっと腕を広げると何メートルになるのだろう、大きな彼の腕が俺を抱き寄せてくる。俺は今日もそれをつれなく払いながら笑うのだ。

「・・・内緒、かなぁ?」

せいぜい気付くまで俺に振り回されていれば良いと思うよ?


意思表示は明確にどうぞ? 


妥協してやりましょう。 見返りは主導権で如何でしょうか?

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