珈琲なら幾らでも 「・・・結構がっつりやられたな。」 照れ隠しだと初めは笑っていられたのだが、ここまでくると良くない。今回は見事に頬が腫れてしまっている。俺自体はどうって事ないのだが、周りがかなり問題であると囃した。 「・・・青雉大将に言われるって事は、今回はよっぽどって事ですね。」 ふぅと腫れた頬を撫でさすれば少しだけぴりりと引きつれるように痛い。いつもは腹とかそのあたりなのだが、昨日は運悪く中途半端に避けてしまったため、見事に顔にヒットして、このザマである。 「・・・ったく、俺も人の恋路に手ェ出したいとは思わないけどさぁ、」 幾らなんでもそりゃないでしょうよ、と書類を片手に上司であるクザンはこちらを睨む。 「・・・見苦しいですか?」 そう問えば、そりゃあもう、と軽い返事。それでもきっと心配をしてくれているのだろう、目は何処か笑ってないから不思議だ。 「いい加減にしなよ、って言っても聞かないんでしょうが。」 「当たり前です。」 にっこり、と笑って言えば投げやりな応えが返ってくる。そうですか、そう言って冷たい溜息を彼は吐くのだ。 「・・・今回きりだ、こんなへまなんて何度もしないよ。」 「・・・そうだと良いね、あんまり見たくないよその顔。」 小馬鹿にしたように、呆れたようにして眉を歪ませる。 「ナマエ・・・」 「さっさと手を動かせ。俺の分は終わったんだから、あと大将のだけですよ。」 「ねぇ、ナマエ・・・」 「なんですか、もうそれ以上は手伝えないですよ。」 「・・・いや、聞けって。 お前もう帰ったら?」 「は? 俺が居ないとさぼる癖に良く言う。」 それが終わるまでは今日は帰らせませんよ、そう言えば大将は真剣な顔で言った。それが嫌に心配そうに言う物だから、苦笑しか返せない。自分は海兵で、男なのだから顔だろうが体中だろうがこんな軽傷で帰る訳にはいかない。 「・・・つまり、ナマエは顔が綺麗なんだからさぁ、もうちょっとさぁ・・・」 自分を大切にしなよ、恥ずかしそうに尻窄みな声で言われるとなんか照れる。 「今、俺って口説かれてます? スモーカーくん以外は興味無いんですが。」 「いや、残念ながら。 あえて言うけど、俺は普通に女の子の方が好きなんだわ。」 「知ってます。 というか肯定で返ってきたら殴ろうかと思いました。」 「じゃあもし、俺がスモーカー好きだっていったら?」 「・・・とりあえず、俺は恋敵が上司であっても容赦はしませんが。」 「ちょっと、そんな顔しないでったら。 冗談にきまってるじゃん。」 怖いよ、と目尻を下げる上司の手元に次の決済書類を積み上げて笑う。どさり、とさらに積み上げたのは実は明日付の書類だったりするが。 「まぁ、とりあえず仕事して下さい。」 「・・・わかったよ、そう睨むな。」 かりかりとペンを滑らせる音だけが執務室に響く。だんだんと減っていく書類に不備がないかをざっくりと確認し、必要であれば添付資料をつけて回していく。地味だがなかなかやりがいのある仕事ではあるのだ。ただし上司が起動していれば。今日はなんだか本当にやる気なのか、まだ処理日付に気付いていないのか、よく解らないがまだ黙々と書類と葛藤している上司を見遣り、息を付く。普段から出来る癖に怠けてばかり居る上司も、こうやっていると普通に上司らしい。コーヒーでも淹れてやるか、と席をたった所で気付いてしまった。 「・・・その手元の書類、何でしょうか。」 「・・・うーん、移転願い?」 「誰の?」 「・・・スモーカーの。 ローグタウンから本部へのやつ。」 「へぇ、クザン大将。やっぱり顔痛いので帰ります。」 「まぁ、そうしてよ。 ただし、明日それ以上に怪我作ってきたら俺この書類破るからね。」 「・・・善処します。」 「2人でいちゃつく時間増やすのはいいけど、それで怪我されるんじゃ、こっちも許可なんて出せないんだからね。分かってる?」 「・・・上に文句言われてもですか。」 「そりゃあもう。 俺はやるときはやるから。」 にっこりと笑った上司に、やはりこの人は喰えない人だ、と思った。 「あ、コーヒー淹れてくれるんじゃないの?」 「目が覚めるようにぐっつぐつのホットで淹れて差し上げますよ。」 「俺、熱いのだったら零しちゃうかも。」 「・・・クザン大将、」 「なぁに? ナマエ少将。」 「・・・アイスコーヒー、淹れさせていただきますので。」 宜しくお願いします、と軽く頭を下げて給湯室に向かう。本当あの人は喰えない人だ、コーヒーを淹れながら本日二度目の苦笑を零した。 珈琲ならいくらでもどうぞ (それでふたりの時間を捻出できるのなら安いもんだ) back |