明日が見えない 「キミが、海軍のスモーカー君?」 港町で見かけたのは明らかに他の一般市民とは毛色の違う男。ニコニコと笑顔をみせる裏腹、その身体からは仄かに鉄の香りと潮の香りがした。 「誰だ、テメェ・・・」 「内緒。」 明らかな殺気がピリピリと肌を焦がす。明らかになにかしらの意図を持って接触してきたのだろうその男は、こちらが海牢石仕込みの十手を構えても、なお悠々としていた。 「おっと、危ないもの持ってるね・・・そういうのは人に向けたら駄目だよ?」 細い目をさらに糸のように細めて、男は言う。海賊に、もしくは不穏分子に武器を向けて威嚇するのは海軍としてなんらおかしくはない。 「さっさと答えろ、お前は・・・何者だ?」 首のすぐ横に十手を押しつけてみても、男はただ笑うだけで手を出そうとはしてこない。 ただ、その細められた瞼から2つの瞳がこちらを覗くだけだ。 「噂には聞いてたけど、なんか野犬って感じだねぇ・・・」 そっと頬に寄せられた白い手の異様なまでの冷たさに、思わず顔をしかめる。 「なに、気色悪ぃ事してやがる・・・!!」 「銀色、白色の髪・・・か、野犬より狼って所か?」 カリ、男の鋭い爪が頬を引っ掻く。痛みはそれだけだったので、血が出るほどの傷ではないのだろう。ぐい、と相手の喉元に十手を引けば、喉を圧迫された男が不意にえづく。 「答えろ! 答えなければ拘束して輸送してやる。」 そう自分が言っても、相手はそれに目を完全に開くことはない。完全に舐められているのだ、そう考えるのが妥当。普段から多いと言われる眉間の皺は今はきっとより深く刻まれているのだろう。 「なぁ、武器ってさ・・・相手に向けた瞬間からはもう何をされても仕方ないんだよ。」 「ったく、何言ってやがる!!」 男がまだ笑っている、と思っていたのは俺だけだったようだ。 男の瞳が2つ、こちらを思うより冷静に見つめていた。 「だから、スモーカー君、キミは俺にその棒を突き立てた次点で、負け。」 ふらり、と男は倒れ込むようにしてスモーカーの懐へと潜り込んだ。手首を素手で掴まれた時に、またひやりとした感触。 「ごめんね、」 煙化しようとしても、身体は一向に気化しない。その細腕からは想像出来ないほどの力で気付けば地面に押し倒されていた。逃げようとすればするほど、男の笑みは深くなり、抵抗すればするほど手首への力は強まった。相手の冷たい手のせいもあり、手首が青くなっているんじゃないかなんて思う。 「まだ、抵抗する?」 「当たり前だ・・・っ、」 「そっか。なら、仕方ないね。」 間隔のない手から転げ落ちた、愛用の十手の先を首に押しつけられる。瞬間、身体を脱力感が覆うのを無視できない。力の抜けた身体の上を、冷たい手が蛇のように滑る。時折笑う男の吐息が酷く気分を不快にさせた。 「身体、鍛えてるんだね。 羨ましい。」 腹あたりをまさぐる手は不意に落ちて、下肢へと伸ばされた。無遠慮に急所を弄ぶ男は酷く幼いような笑顔を浮かべる。 「お前、なんっ、何考えて・・・っ」 「うわ、流石、」 「いい加減、冗談もほどほどにしろ・・・っ。」 「・・・うーん、そうだね、時間切れみたいだし。」 「何のことだ・・・っ、」 するりと下着の上から撫でていた手をズボンから引き抜き、男は舌を出して笑った。やっと自由になった両手を確認し、男に一矢報いてやろうと拳を振り上げた。 「スモーカーさん! こんな所に居たんですか?!」 「ふふ、だから、時間切れだって言っただろう?」 笑った男に不意に拳を入れたら、男は笑いながらあえてそれを受けたように見えた。 「いったた・・・たしぎちゃん、キミの上司は乱暴だねぇ・・・」 「だ、大丈夫ですか? って、ナマエ監査官?!」 「・・・本部から、地方監査に参りましたナマエです、よろしくな?」 明日が見えない さて、はじめようか。 back |