笑って、嘲笑って 『ナマエさん・・・俺っ・・・』 「相手が野郎だとは予想外だったねぃ・・・」 「・・・だな、まぁ逢い引きつーより、告白現場だなこりゃ。」 どうするのか、と気配を潜ませて聞き耳をすませれば、俺は構わないけど、と軽い口調が聞こえた。紛れなくナマエの声だ。 「・・・あれ、サッチの隊の新入りだな。まぁ男にしちゃあ可愛い顔してるけどよ・・・」 イゾウの声が遠く聞こえる。俺はイゾウの言葉より、ナマエ達の会話しか今は耳に入らない。 『あ、でも俺好きな奴いるから、そーいう付き合いしか出来ないよ?』 それでもいい?、とナマエが念押しすれば、相手の男は首を縦に振る。 『じゃあ、また明日の夜に俺の部屋って事で。』 軽く聞こえるリップ音。その後新人の男が走り去る音。 静かにくつくつ笑いながら、イゾウは指を一本差し出した。 「焼酎。 俺の勝ちだ、マルコ。」 「・・・っ、わかったよぃ!!」 語尾に思ったより力が入ってしまったようで、大きな声になってしまい、ふっとナマエの方をみやれば、そこにナマエの姿はすでにない。 「マルコ、お前声でかいぜ・・・」 「悪ぃなぃ・・・」 「全くだ。覗き見とは趣味が悪いな・・・」 にっこり口元を歪めてこちらに笑いかけるナマエに背筋に嫌な汗が伝う。それはイゾウも同じなようで。 「・・・すまなかったなぃ、」 イゾウと声を合わせるように頭を下げれば、ナマエはケラケラと笑う。 「まぁ海の上だしなぁ、相手は居ないより居るに限る。」 俺は両方いける口だけど、軽蔑するか?と問いかけた唇に、俺達は首を振って答えた。 海上でそういう事になる海賊は少なくない。 「お前が俺を相手にしようとしなけりゃ、俺は構わねぇよ。」 イゾウは同じように笑って返したが、俺はなぜだか言葉が出てこなかった。衝撃的と言えば衝撃的な事実であったが、そこまで驚くとは自分でも思ってなかった。なぜだかわからないが、俺の中でナマエと言う男は、酷く欲とは無縁のような存在であったから、それが凄く堪えているのだろうか。それもそのはず、俺はナマエが女を島で買っているところを見たことがない。 「・・・どうしたマルコ。別にとって食いはしねぇから、気にするなって。」 「気にしてはねぇけどよぃ・・・、ただ俺にも知らない事が多いなと思っただけだよぃ。」 思えば、何時も隣にいる男の事を、俺はさほど気にしていなかった。かなり下らない話はしあった仲ではなるが、肝心な事には触れてこなかった。首を掻く癖でさえ、始終一緒の隊で行動する俺よりもイゾウの方が知っていた訳だし、ナマエが両方いける男だと知ったのも今さっきの出来事であれば、男の前髪の下に隠れる素顔でさえも俺は視たことがないのだ。 「・・・そりゃ、そうだろ。俺は性癖晒して回ったりしねぇし。」 「そりゃぁ、そうだねぃ。悪い・・・」 「で、所で! ナマエの好きな奴って誰なんだよ。」 話を遮るのはイゾウの好奇心からだろう。じっとナマエを見つめれば観念したように両手をあげる。 「そんな奴居ないよ、ただ、そう言わないと本気になられると面倒だろ?」 くつりと笑いながら言い切った男の手は、言い終わる頃には首元にあった。イゾウはその事に気付いたのだろうが、さしてそれ以上言及はせず、「・・・だろうな、お前の事だからそんなんだろうと思ったぜ。」 と話を終わらせた。 これ以上は話さないであろう、という所できちんと引くのもイゾウの凄いところだ。 イゾウの言っていた事が確かであるならば、ナマエの行動からして、答えはYESという事だろう。 「・・・どうしたマルコ。黙っちまって。」 やっぱり気持ち悪いか?と笑う男の前髪の下はどんな顔をしているだろう。口角が若干下がっているようだから、随分情けないツラしてるに違いない。 「俺みたいなおっさん襲う奴は居ねぇから、その辺りは心配燃してないよぃ。」 気持ち悪いとは思っていない。ただ、いままで近いと思っていた距離が思った以上に開いていたことに、ショックを受けただけだ。ただそれだけだ。 「・・・・そっか、ならいいや。」 その声に無理矢理笑うようにして口角をあげた俺はやはり可笑しいんだと思う。 笑って、嘲笑って? 背後でイゾウの溜息が聞こえた気がした。 back |