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最終列車で会いましょう


きらきらと電飾が街を飾る、夜も明るいこの街の名前はライモンシティ。
その街の中央にはポケモンセンター、その周囲には観光地である施設が建ち並ぶ。
その中の施設の1つ、ギアステーション。

「少年、今日もジャッジは要らないですか?」
「うん、今日もバトルだからね!!」

何度も挑戦しているうちに入口手前の男、通称"ジャッジさん"とも顔なじみだ。
本当はちゃんとした名前もあるみたいだし、聞いた覚えもあるのだが、
正直忘れた。 名前を呼ぶ機会なんて早々無いし、と思ってそのままだ。
向こうも、自分のことをナマエとは呼ばないので、お互い様と言ったところだろう。

「そうか、まぁ愉しんでおいでよ。」
「当たり前!」

そのままぐるりと円上になるステーション内を走り、目的の鉄道乗り場に足を踏み入れれば、
酷く珍しい人物に遭遇した。

「現在この車両は点検中でして・・・少々お待ち下さいまし。」

黒いコートに銀色の髪、切れ長の目。
幾度と無く破れてきた列車の最終車両に乗り込んでいる男。

「・・・サブウェイマスター・・・っ」
「私、でございますか? ノボリ、ともうします。」
「いや・・・知ってるけど。」

何度も挑戦してぼこぼこにされた記憶があるから、というそれだけではない。
思わずバトル中だというのに目を惹いてしまうような端麗な容姿。
一度見たら離れることのない白と黒の片割れ。

「・・・まだ列車は運行できないようですし、暇つぶしにバトルでもされますか?」
「・・・?!」

ソワソワとしているのが気になったのか、提案されたのは願ってもないバトル。
滅多にマスターの所までたどり着けない自分としては有り難い申し込みだったのだが、
マスターの所まで辿り付いてこそのバトル、それだからステーションは面白いのだ。 
すっ飛ばしてマスターと戦うのはなんかが違う気がする。

「いや、やめとく。 自力で辿りつきたいから。」
「そうですか、残念でございます。」
「・・・残念?」

表情を崩さないと思っていたノボリが、眉を少しだけ下げて、
酷く残念そうな顔をしてこちらを見た。

「昨日は、私の所まで来られなかったようですから。」

毎日私の所まで遊びに来てくださるのを、楽しみにしてるんですよなんて、
言葉を添えられて、息詰まる。
確かにここ最近は毎日のように挑戦しにステーションに通っているが、
途中下車も全部把握されているようで、なにか恥ずかしい。
というか只一介のトレーナーである自分のことを覚えていてくれているだけで、
正直なにか嬉しいという気持ちがこみ上げてくる。

「え、あの、」
「ですから今日は朝からラッキーだ、と思っていたのですが・・・残念です。」
「・・・すみません。」
「決して怒っている訳では有りませんので、誤解しないで下さいまし。
 それに、今日はお話が出来たので・・・なかなかに楽しい時間でございました。」

ぱかりぱかり、とノボリの黒いコートを車両のライトが照らす。
ちらりとその車両を見遣り、ポケットの中の懐中時計を開く。

「もうこんな時間・・・、そろそろ点検も終わる頃ですし今日はこの辺りで失礼いたします。」
「あ、はい。お仕事頑張って下さい。」
「・・・最後に、貴方様のお名前を伺っても?」

その問いに、そういえば自己紹介はいつもノボリだけで、
自分は名乗ったことが無かったと思い至る。

「ナマエ、 僕はナマエって言うんだ。」
「ナマエ様、ですね。 それでは、今日も列車でお待ちいたしております。」

微笑と共にコートを翻す姿は、やはり威厳があって、
鉄道のボス、と呼ばれるにふさわしいものだった。
その姿にふわりと浮いた気持ちをぎゅっと拳を握って諫め、
やっと運行し始めたシングルトレインに足を踏み入れた。


「今日こそ、絶対に勝ってみせるから。」

その時は、今度は帰りの電車でどんな話をしようか。
そんな事ばかり考えながら、今日もまた彼の元に辿りつくまでボールを投げるのだ。


最終列車で会いましょう

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