ショート | ナノ
Nとコンパス


私は整備士だというのに、ここらの皆さんは私のことを保育士か何かと勘違いしているのではないのだろうか。
「ナマエー。カズマサまだ来てない?」
「来てませんけど。」
そうぶっきらぼうに応えると、次のボルトのチェックを取りかかる前に、また話しかけられる。

「ナマエ様、カズマサは・・・。」
「まだですよ。」
「そうですか・・・。申し訳ございませんが、お会いになりましたら、わたくしの方まで連絡をしていただけませんか?」
「・・・インカムで、ですよね?」
「はい。お手を患わせて大変申し訳有りませんが、宜しくお願いします。」

仕事が忙しいのか、丁寧にお辞儀をした後で早足で去っていく。
それを見終わった後、私は渋々インカムを付けて作業することにした。
(迷惑かけたら、あの人の精神的な面で危なそうだからなぁ・・・。)
以前ライブキャスターなるもので連絡してくれとか言われたが、生憎そう言う物は大抵仕事中は電源を切っているので、意味がない。
それからは、サブウェイ御用達のインカムをなぜだか付けて作業をする羽目に。
「こちらではポケッチ・・・使う人あまり居ないし。」
そう呟くと、右手に付けた黒色のポケッチ(正式名称ポケウォッチ)が心苦しそうにちらりと光を反射させてみせた。
愛用のその子に少し苦笑しながら、作業のために少し下を向くと、毎度のこと、同じような色をした黒いインカムのコードが視界にチラチラ映る。
今度、何か対策を考えて貰わないといけないなぁ・・・。と思いながら、毎度のことのようにコードを口にくわえて作業を再開した。

時計の短針の角度が60度ぐらい移動しただろうか。昼休み休憩になったのにも関わらず、未だに私は手を動かし続けていた。
そうしていると、こちらへ走ってくる音がする。
見てみると、それはインカムを付ける原因となった彼だった。
(息が切れていて、一体何処から走ってきたのかと聞きたくなったが止めた。)
「ナマエ。ちょっと、きみに、聞きた、いことが!」
「・・・・・・毎度の事ながら、よくそれだけ迷えますよね。」
「・・・ほめられてる?」
「いーえ、褒めてませんよ。で、何ですか。聞きたい事って。」
毎日迷えると言うのは、逆に呆れるのを通り越して素晴らしいとさえ思ってしまうほどだ。
「バトルサブウェイって何処にあ「カズマサさん、ここですよ。バトルサブウェイ。」・・・あ、そうなの?」
そう言うと、時計をちらりと見て、彼は困ったように呟いた。
「昨日より10分遅刻か・・・。」
「いえ、貴方の場合10分以前の問題じゃないですかね。」
道は覚えられないのに、昨日来た時間は覚えているのか。とか突っ込みたくなったが、まぁ、何を言っても意味はないのだろう。

「ナマエ、職場は何処にあるんだろうか?」
と毎度のこと、悪びれた様子もなくどこぞの白い人の様に屈託無く笑うので、私は仕方なく立ち上がる。
「行きますか。「ナマエ何処に?」・・・・・・貴方の職場に。」
あぁ、うん。ナマエありがとう。といつものようにそう言って、いつものように手を出した・・・ん?手?
「カズマサさん。何です、この手。」
「え、きみとはぐれないように。」
いつもとは違う行動に内心焦りながら、私は早口で話し始める。
「いつも私の所まで来たら、たまに居なくなること有りますけど、必ずいつの間にか私の後ろにいるので大丈夫だと思いますよ。」
「そうかな。」
「そうです!」
それよりも、早く自分の仕事場くらい覚えてくださいよ。と呟きながらいつもより速度を少し上げて、歩き始める。

「いつ覚えれるかは知らないけれども、ナマエが居るからたどり着ける。」
「・・・その果てしなく自信に満ちあふれた言い方の根拠は何ですか。」
後ろからそう聞こえる声に向かって、私は話しかける。
「何故だかは知らないけれども、ナマエの所に必ず来れるから。」
「へぇ、そうですか。」
そう淡々と言ってやったはずなのに、心なしか言葉が少し裏返っているように聞こえた。
いや確かに、いつもみんな私の所に来るのは何でだろうなぁとか、思ってましたけど、ほら、でも・・・。

「ナマエ・・・どうか、したのだろうか?」
「!?」
気が付くと彼は結構私の顔面間近にいて。(どうやら私は立ち止まっていたらしかった。)
近い!と内心叫びながら私はまた歩き出す。
「ナマエ、顔が赤「五月蝿いです、カズマサさん!」じゃぁ手「オイルまみれの手に触ったら汚れるので却下です!」ナマエ、早い「我慢してください!!」

嘘だ嘘だうそだ!!
顔が熱いのも、自分のいつもと違う行動も、この五月蝿いばくばくという音も。
早歩きをしているからだ、と右手の甲で口元を隠しながら言い聞かせる。
ついでにさっきのカズマサさんの話も、それを聞いた時に感じた感情も全部ぜんぶ、気のせいだ。偶然だ。と心の中で繰り返しながら、目的地へと足を進めた。


方位磁石の指す方向


「・・・ナマエ様。連絡していただければ、わたくしが引き取りに行きましたのに・・・。」
「すいません、何か、それどころじゃなくて・・・。」
「いえ、こちらとしては有り難いのですが・・・。」
何故かお礼に休憩室に案内されてしまった私は、どういう訳かノボリさんとお話をしながら、休憩を取ることになってしまっていた。

「あの。」
「はい、何でしょう。」
「カズマサさんって・・・いつも私の所来てるんですか。」
「まぁ・・・途中で捕獲されることもございますが・・・。」
捕獲って・・・もう人間として扱われているのかよく解らない発言に苦笑してしまう。

「ただ、貴女様がいらしてから、遅刻はあっても欠勤はしておりませんよ。」
くるくる回るコンパスでも、どうやら北だけはちゃんと指すようなので。
薄く笑った目の前の人の言葉が、どうしても、頭から消えなかった。

(あの、それってどういう・・・。)
(さぁ?わたくしの独り言でございますので、気にしないでくださいまし。)



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