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その手に落とした恋心


「はい。」
そう言って、目の前の彼に押しつけるのはとある行事に踊らされた物体。
「ん、ナマエ。これは・・・どういう事かな?」
「カナワさん・・・どうもこうもありませんよ。」
私は軽く目を瞑った後、押しつける手を強くする。
「落とし物です。」
嗚呼こんな大事な物を落とすとか、どういう人なんだ。
確か、こちらの地方ではチョコレート渡すものだっただろうか。なんて思いながら、私は小さく溜息をついた。
そもそもの話、落とし物係にコレを渡す身にもなってください。

結局、その後すぐに女性の方が落としたと申告してくれたので、すぐに持ち主の元に戻っていったのだけれど。
「ねぇ、ナマエ。」
にこにこといつものように笑って見えるカナワさんを、あまり見ないようにしながら、返事をする。
カナワさんと私の間では、さっきのことを引きずっているらしい。
特に、カナワさんの方が。
「ナマエ。」
「・・・だから、何でしょう?」
「ぼくに渡す物あるでしょ?いいよ、遠慮しないで!!」
いや・・・遠慮しないでというか・・・なんか、強制されている気がする。
ちらりとカナワさんの方を見れば、にこにこと、目を逸らしたくなるような満面の笑み。
「・・・。」
おまけに私の方に手まで出されている。
もう、逃げられないな。なんて思いながら、わざとらしく大きく溜息をついた。

「・・・はい。」
そっぽを向きながらさっきよりも強く押しつけるそれ。
「おっと、これって・・・「落とし物です!!」・・・へぇ、落とし物?」
「きっと落とした人、取りに来ないと思いますから。人にあげるなり、勝手に処理してください。」
まぁそう言っておきながら、誰かにあげたと言われてしまったら、それはとてもショックなんだけれど。
「ナマエ。」
「・・・なんですか。」
落とし物だったら、これ、食べれないって言う規定があるんだ。と言われ、そんなことを知らなかった私はしまったと思う。
そんな後悔を余所に、カナワさんはべりべりと丁寧に包装を取っていく。
その様子を見ている私をちらりと見ながら、「ナマエ。」と呼んで1つ摘むのは箱の中に入っていたチョコレート。
私に見せつけるように食べた彼は、さっきのようにニコニコ笑って「ごちそうさまでした。とっても美味しかったよ!」と言った。
「でも・・・規定じゃ「いいの、いいの。ばれなきゃ。」
黙っておいてくれよ!と言われてしまえば、私は無言で頷くしかなくて。
落とし物が渡したい人にきちんと渡ったので、まぁいいか。なんて思ってしまう自分がいた。


その手に落とした恋心
   

「でも、落とし物係としては失格かな。」
「まぁ・・・食べちゃいましたしね。」
と言っても、まだ全部食べてはいないのだけれど。・・・きっと全部カナワさんが食べてしまうだろう。
「え?そう言う事じゃなくでだよ。」
「はい?」
そう言う事じゃないってどういうことだ。そう思っていると、カナワさんは少し照れながら口を開いた。
「いやぁ・・・きっとナマエが落とした恋心は・・・誰の物だろうと食べちゃうだろうからさ。」
あ、でも安心して!全部きちんと拾うから!!と変な弁解をされてしまう。
「ただ、誰にも渡さないだけで。」
と言われ、なんて恥ずかしいことを言っているんだ。とか色々言ってやりたかったけれど、何も言うことが出来なかった。



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