出番なんて無い 「・・・女の子って。」 いきなりナマエが口を開いた。 ホームのベンチで特に何を話すこともなく、たがいの飲み物を飲んでいただけだった。 お昼だからか、ホームにいる人はちらほらしか居ない。だからか、ナマエの声がやけに大きく聞こえた。 「なに。」 「いえ、昔聞いたんですが、女の子って一度は王子様に憧れるらしい・・・と言うのを思い出しまして。」 唐突なその話題に、どうしてそんなこと思ったんだ。と思ったが、さっきのことを思い出す。 ナマエが告白されていた。・・・幼稚園児の女の子にだが。その事を思い出して言ったに違いなかった。 「ナマエ、それはさっきの女の子のことから来てるのか?」 「あー・・・うん。『王子様』って言われちゃってさ。・・・トトメスさん、私ってそんなに男に見える?」 さぁ・・・僕はそうは見えないな。と言って、眠気覚ましに買ったコーヒーを一口、また一口と飲み始める。 僕の行動に習ってなのかは知らないが「そっか・・・ありがとう。」と言った後、ナマエも無言で飲み始める。 「・・・ナマエも。」 「はい。」 次に沈黙を破ったのは僕で、ナマエみたいに響かない自分の声を聴きながら、口を動かす。 「憧れたことあるのか?」 「えっと・・・・?」 「おーじさま。」 「あー・・・小さい頃はあったと思いますよ。でも、私はお姫様よりも魔法使いとか剣士に憧れてました。」 昔からアクションが好きでしたから。と昔を思い出すように笑って、また飲み始める。 その様子を見ながら、僕はふぅん。と呟いて、また缶に口を付ける。 徐々に軽く、温くなっていくコーヒーの量を確かめるように振れば、音の高い水音が返事をする。 「その憧れは、今でもか?」 「え王子様への、ですか?いやー流石に・・・・・・でも、ちょっとは有るかもしれません。」 苦笑しながらそう呟いた彼女は、缶を小さく回して缶の中身である液体を回す。 回した後に飲むのが癖らしいが、飲もうとしないので、単にこれは気を紛らわせているだけだと気づく。 それを横目に、僕はまた缶を傾ける。・・・でも落ちたのはほんの少しの水分で、無くなってしまったらしい。 口の中の苦みが薄くなっていくのを感じながら、ゆっくりベンチから立ち上がって、缶入れの中にスコンと入れる。 その様子をじっと見ていたナマエを逆にじっと見る。 「トトメスさん・・・何ですか?」 そう言われ、僕はゆっくり歩いて彼女の方へと向かう。 「王子なんて、僕は要らない。」 そう言って、ナマエの左手を片手で掴んだ。 Good bye Prince! 手が油にまみれた女の子は。 「僕が貰うことにしてるからな。」 そう言った後、もう片方の空いた手をナマエの手の上に置いて、じっと彼女をみる。 しばらくきょとんとしていたが、みるみる顔が赤くなり「し、失礼します!!」と走っていってしまった。 それを見送って小さく笑うと、ふと、ベンチに缶が置いてあるのに気が付いた。 ナマエのだと気づき、捨てずに行ってしまったのかと、また小さく笑う。 「・・・・?」 捨てようと持ち上げてみると、小さく水音が聞こえた。 カコンと小気味の良い音を響かせるのを確認し、僕は仕事場に戻ることにした。 口の中で甘い味を感じながら、今度ナマエに会った時どうしようかと考えていた。 back |