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あいうぉんちゅー、あいにーじゅー


その言葉の意味を私は知らない。貴方も知らないだろう、その言葉の意味を。私は笑いながら口にするのだ。

「名前、どうした。」
ちょっと驚かせようと背後に回ったのだがやはり気付かれてしまう。
「えっへへへー・・・やっぱ昔からすごいなぁ小十郎は。」
笑いながら頭を掻くと上から溜め息と優しい手が降ってきた。
「お前、あれだけ背後に立つなって言っただろうが・・・切られてても文句言えんぞ。」

畑の真ん中で一見平和そうに見える奥州にも刺客が潜んでいないわけではない。特に畑は特定の人間以外の立ち入りを禁じている場所だ。
「小十郎は大丈夫。だって私だって気付いてたじゃない。」
その言葉に呆れたのか盛大な溜め息。でもそれがただの癖だと言うことも良く知っている。
「小十郎はさぁ、異国語って理解できてるの?」
「何だ名前、政宗様に何か言われたのか?」
 作業の手を止めて鍬を片手に聞いてくる。
「ちょっとね・・・あいうぉんちゅー・・・とかあいにーじゅーとかなんとか。」
小十郎は少し首を傾げていたので、多分意味は解らないのだろう。
「似たような言葉は知ってるんだがな・・・。」

そう言いながら小十郎の眉間に皺が深く刻まれていく。
「ど・・・どうしたのよ!!」
「俺の記憶が間違ってなければっ・・・!!」
小十郎は頭に巻いていた布を手で外すと、いきなり名前の腕を掴んで走り出す。

「ったく・・・やってくれるぜ!!」
「え・・・?!ちょ、ちょっと小十郎、畑!!」
舌打ちと共に普段とは違う荒々しい声。
「うるせぇ、大人しくついてこい!!」

昔から手の手けられなかった小十郎に名前が敵うわけはない。仕方なく、腕を掴まれたまま走ることにした。

* * * * *  *

「政宗様ぁあああああーーー!!!」
スパーンと勢いよく空けられた襖に少し怪訝そうな顔をして政宗はこちらを見た。
「どうしたよ、小十郎。鬼みてぇな面しやがって。」
「これは地です!それより、政宗様。名前から聞きましたよ!!」
政宗の避けた視線と目があって、政宗は苦笑した。

「Ahー・・・だろうな。」
「手を出さない、と約束した傍からコレですか・・・!!!」
盛大に叩かれた畳の音に政宗だけでなく、自分も驚いてしまう。
「だって、お前が悪いんだぜぇ〜?ぐずぐずしてっから・・・。」
「政宗様少々度が「あのー、話が全然見えないんですけど。」
正直な気持ちを口にしただけなのだが、二人が黙り込み、此方をじっと見つめてくる。
〈うっわ・・・気まずい。なんだこの空間・・・!!〉名前が少し逃げだそうとごそごそやっていると政宗が唐突に口を開く。

「そういえばー、お前、俺の事好きか?」
「好きじゃなかったら男だらけの伊達軍なんかにはいませんって。」
笑いながら話しているのだが、それにしても二人の視線が痛い。

「じゃあ小十郎のことは?」
「・・・好きですけど?「ちょ・・・政宗様!!」
「何だよ小十郎・・・、自信ないのか?」

隣で座っている小十郎がぐっと詰まるのが解った。それさえも解るほどこの場が張りつめているのだ。苦々しげに座っている小十郎に引き替え、政宗は妙に落ち着いている。

「じゃぁ、どっちと結婚したい?」
「したい・・・と聞かれましても、許嫁は小十ろ「そう言うのはおいといてだ。」
小十郎が隣ですこし泣きそうな顔になっている。何となく考えている事は解るのだけれど、よっぽど私を信用していないのか、彼は。

「それを抜きにしても私は、小十郎しか考えられないもので。」
「お前ならそう言うと思ったよ。少し、期待はしてたんだがな。」
そう答えると政宗は大きく息を吐き出して、笑った。

「申し訳ありません・・・。」
政宗の口調があまりにも寂しそうだったのでとっさに謝る。
「良いって、俺に遠慮なんて要らねぇから、さっさと式挙げろよ。」
「政宗様・・・!!「小十郎、ぐずぐずしてると攫ってくぜ?」
「いくら政宗様でも、それは許しません!!」
顔を赤くして、口を押さえる小十郎を政宗が笑っている。

「そういえば、小十郎。良く意味解ったよな。英語苦手だから解らないものだと思ってたぜ。」
「何となくですよ。政宗様が言ってた「女を口説くときにの言葉」って奴に似てたものですから。」
「それって〈I love you =愛してる〉じゃねぇのかよ・・・?」
「ああ、そんな感じでしたが、結果は良かったので良いじゃないですか。」

ごまかすように小十郎は笑っていた。政宗が不意に自分だけに聞こえるような小声で耳打ちする。 傾けた耳から鼓膜へと響く聞き慣れぬ言葉の羅列。

「さっきの言葉の意味、名前だけに教えてやるから活用しろよ?」

ひらひらと手を振りながらたるそうにその場を去る政宗を見送ってから、先ほど習ったばかりの不安定な発音で彼に伝える。


I want you I need you

                                   
それは唇から紡ぎ出される魔法の呪文


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