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幸福な唇の持ち主


ある晴れた日のこと。
いつも通り誰の了承もなく勝手に家の中に忍び込んで彼の部屋に向かう。部屋には思った通り彼の姿はない。障子の向こうに揺れる小さな影があった。小さな声もする、彼の相棒夢吉だ。縁側から出てすぐのところに大口を開けて寝ころんで寝ている彼の姿があった。 すこしそれが可愛くてついつい手を出しかけて引っ込める。幾らなんでもほっぺたを引っ張って伸ばして・・・なんてね。数分そんなことを考えながら彼の顔を眺めていてあることを思いついた。彼にいつもの悪戯の仕返しもかねて自分のありったけの声を張り上げる。

「こらー!慶次、また貴方という人は!!」
彼の怖がるまつさんの口調を真似て言うと彼の瞼が朧気ながらもカッと開く。
「まって、まつねぇちゃん!!暴力反対、ホントごめんってば!!」
条件反射なのかさっと自分の頭に両手を持っていってガードする姿はすこし可笑しい。

「・・・・ってあれ、名前?」
眠気も一気に去ったのか恐る恐る目を開く彼は少し涙目になっていた。
「・・・あれって、慶次いつもまつさんになにされてんのさ。」

こんな風になるなんて、少し罪悪感を胸に彼に問う。そうすると着物の胸元から一枚のくしゃくしゃになった紙をとりだして見せてくれた。一枚の紙には“外出禁止”と書かれていてそれを持っている手すら少し汗ばんでいる。

「また、何やったの。外出禁止なんて慶次にとったらよっぽどだろうけど。」
「うーん、少し利に悪戯したら、まつねぇちゃん怒っちゃってさ。」
「いや、悪戯したのは解るよ。もう何回目だと思ってるの・・・!」

小さいころ色々な事を思いつく彼は今までにも色々な悪戯をこなしてきた。初めのうちは私も手伝ったりしていたのだが今はさすがにもうしない。今でも悪戯を性懲りもなく繰り返す慶次を捕まえて一緒に謝った事なんて数えたら両の手では足りないだろう。

「怒られるって解ってるならもうやらなきゃ良いのに・・・。」
「可愛い悪戯だったのに・・・もうすこし多めにみてくれればいいのにさ!」

少し凹ませすぎたかな・・・とおもった時不意に慶次の腹が豪快に鳴った。その音と同時に2人とも顔を見合わせて笑ってしまった。

「慶次・・・あなた何時からご飯抜き?」
 「・・・昨日の夕飯から・・・かな?」

すこし照れくさそうに笑う慶次に風呂敷包みをとりだして渡す。

「本当はまつさん達にも分けて食べてもらおうと思ったんだけど・・・慶次、全部食べても良いよ。」
最後の一言を聞いた瞬間慶次の顔が輝く。
「マジで、いいの?」
「もう、いいよ。利さん達も食べるには量が少なさそうだし。」
その変わり、と口に人差し指を付けて微笑む。

「解ってるよ、内緒・・・だろ?」
良くできました!というように笑いながら食べている慶次の頭をがしがし撫でる。
「慶次もさー、いい加減大人になっても良いんじゃない?」
慶次はうーんと下で少し考え込むような顔をしてからこっちを向いて笑う。

「程々にするさ!」
「アンタねー・・・」
「そういえば名前は今、恋してんの?」
モグモグ、と口を動かしながら慶次は唐突に話を振る。
「はぁ?何言ってるの、もしそうならアンタの所まで馬鹿丁寧に差し入れなんてしません。」
「そっか・・・でも恋は良いもんだよ、名前。」

確かに前田夫婦を見てると幸せなんだって解る。でもここまで行くと行き過ぎじゃ・・・。

「けいじぃー、恋、恋ってアンタが言う意味って何?」
「意味・・・?」
「そ、意味。恋って字の意味は心がしたにあるから下心なんだって。」
「ひっでぇ!・・・確かに少しくらいはあるかもだけど、じゃあ愛って何だよ!」
あるのか・・・なんて突っ込もうと思った言葉を喉に押し返して再度口を開き直す。
「愛は心が真ん中にあるから真心なんだってさ、慶次は助平だねー(笑」
なんてからかいながら慶次のほっぺをむにむにとつつく。

「名前の屁理屈ー・・・!」
言い終わると同時に彼は最後の一口を口に放り込んで笑った。
「美味しかったよ、またよろしくな?」
「もう、毎回毎回・・・ま、いっか。」
彼の笑顔につられて笑うと自分より頭ひとつくらい高い位置から爆弾発言。

「今度はさー、名前食べさせてくれない?」
「馬鹿なこと言ってないで・・・って、何!!」
彼には毎回毎回驚かされる事ばかりだ。もう諦めているのだが。

「味見っと・・・!」
驚いている唇に軽くぶつかるように慶次のそれが重なる。少し悔しかったので最後の切り札になる言葉を投げかける。
「味見だけでいいの?」
「え・・・?」

仄かに薫る日向味


私、慶次のこと・・・嫌いじゃないよ?



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