艶やかベリータルト 「・・・お、珍しいな。」 そう独り言のように言えば、俺に背を向けているナマエが振り向いた。 「何が・・・って、理由は分かっているけど。」 そう言ってナマエはまた背を向けて、作業をし始める。それに小さく苦笑いをしながら、ゆっくりと近づいていく。そうすると自然と彼女の顔や何をしているのかさえ見え、少し邪魔してやりたいとさえ思ってしまう。 「・・・アントニオ。」 「うん?なんだナマエ。」 何の気無しに尋ねれば、「只でさえ久しぶりで大変なんだから、邪魔、しないでね?」の溜息セットで始めに釘を差されてしまう。 「別に邪魔するなんて、言ってないだろう。」 ものの5分も掛からないで、もう既にそれを終わらせようとしているナマエに苦笑いしながら答える。 「・・・・・・だってアントンの事だから、邪魔してくるでしょ?」 「・・・・・・。」 「ほら、やっぱり。」 私は普通の人とは違うから、時間はそんなにかけないし・・・別に良いんだけれど。と独り言のように呟いて、作業は佳境へと進めていた。 手には真っ赤とは言えないが、ナマエに馴染むような赤を左手に持って、反対の手に持っている筆で器用に形の通りにそれを乗せている。 「器用なもんだな。」 「まぁ、アントニオさんはこう言うこと、苦手でしょうからね?」 「ナマエ。そんな遠回しに言わないでくれ。」 正直耳が痛い。きっと苦虫を噛み潰した顔でもしていたのだろう。ナマエは俺を見て、クスクスと笑い始める。 「冗談よ、アントン。」 人間誰しも苦手なコトってあるし・・・と言いながら、赤を完全に載せきったらしいナマエがきちんとこちらを向いて話し始める。久しぶりに見た化粧姿に少し驚きを隠せない。 (だけどまぁ、本当に薄化粧なんだがな。) いつもよりも赤い口元に、落ち着かない。 「・・・何よ。」 「いや、俺は素顔の方が好きだなと思ってな。」 「・・・・・ばーか・・・今更過ぎるわ。」 そう言ってそっぽを向いたナマエを無理矢理自分の方に向かせて、いつの間にか赤いそれに口を付けていたらしかった。 艶やかベリータルト 「・・・甘くは、無いんだな。」 「何かの恋愛小説の見過ぎじゃないの?」 あーあ、せっかく塗ったのにまた塗り直しじゃない。と呟いてるのを見て、俺はにやりと笑ってしまう。 「別に・・・時間をそんなに掛からないんだろ?」 「っ・・・ばーか。」 またそう言ったナマエの薄くなった口に、俺は指を這わせる。 「結構べたつくんだな。」 「じゃあ、触らないでよ。」 そいつは無理だ。と小さく呟いて、またそこに口を付けた。 どうやら、まだ家から出られそうもないらしい。 title by 21グラムの世界 back |