縁は異なもの味なもの からり、と綺麗に透き通ったガラス細工のコップの中で氷が溶ける音がした。コップの中身は既に半分以上氷が溶けていて、注文したオレンジジュースが薄い色を成していた。お互いは手元にあるファッション雑誌を見ながら、ああでもない、こうでもない、と、頭を捻らせながら悩む様子は仲の良い女子高生か、はたまたカップルかと言った具合に見えるだろう。 (まぁ、それでもナマエと俺は俗に言う気の合う友達というだけの仲で。) まぁそういう感情が俺も男なわけで、無いわけではないんだが。どうもナマエ相手にはそう言うことはなかった。 対象外って奴? 調和はとれてると思う。なかなか顔と趣味は良いし、話も合うし、性格だって悪くないと思う。でもそれだけだ、とも正直感じている。 ようするに、俺もあいつもなんとも恋愛の矢印というのがお互いに向いていないのだ。 「ーんでなんだろな、」 「あ? 何が。 ・・・それより、この夏物のデザインどうよ。」 「ーいんじゃね?俺が着たら映えると思うぜ、ってそうじゃなくてだな!」 「じゃあ何? 夏物の服のデザイン特注するって言うから暑い中来たのに、無駄口叩かない。」 そういう彼女はまだ冷房が緩い店内で、すっきりと髪を結い上げ涼しそうな顔をしている。 その顔が異様に、俺だけが何故か周りの視線に浮かされているような気分になって、薄まってしまったオレンジジュースを喉に流し込んだ。 「・・・から、なんで俺達付き合ってねーのかなって思って。」 「はぁ? 当たり前でしょ。私好きな人いるし。」 「・・・は? んだよそれ、初耳だし!!」 んふふ、と少し企んだ顔をして笑うナマエはいつもより少しだけ、輝いて見えて、恋ってすげーな、とあらためて俺は感心してしまった。 「で、相手はどんな奴なんだよ。つくしい?」 「ばーか、その基準でいったら私、あんたと付き合うことになるじゃない。」 「たりめーだ、俺よりつくしいやつがいて堪るか!!」 くすくすとお互い笑って落ち着いてしまえば、はたり、と話題が急停止する。先程の話を蒸し返して良い物なのか、スルーするべきなのか迷っていると、ナマエのほうが先に口を開いた。 「私、服飾のデザインやってるじゃない? だから人の中身より服にばっかり目がいっちゃってて、 人っていうのがね、マネキンのように見えてた時期があったんだよね。」 「俺はマネキンじゃねーぞ。」 長い間彼女の作った服ばかりを愛用しているが、そんな風に思われているとは。それも寝耳に水の状態だった。 だが、服飾に力を入れている奴からしてみればそれは普通なのかもしれない。誰しも興味のあること以外目に入らないことだってある。少しそれにがっかりしながら、彼女の話に適当に相づちをうつ。 「でも、サニーは服に着られて無くて。 私がちゃんと人として意識して人を見たのはサニーが初めてだったよ。」 「俺が?」 「さっき自分で言ってたじゃん。 サニーはマネキンには見えなかった。個性強すぎ。」 「たりめーだって。 で、今回の相手ってのもちゃんと人って確認できたのかよ。」 そう聞くと彼女は笑って、うん、と笑顔で頷いた。まぁ片思いだからねーと視線を空にやる親友の、彼女を応援してやりたいと思った。もちろん男としてではなく、彼女の親友としてだ。 「だって彼も、サニーと一緒で個性強すぎだったからさ。」 「どんな奴? つか、俺も知ってる奴?」 「んー出会い頭に、カツアゲされたかな。うん。死ぬかと思った。」 「展開がおかしいぞ。」 「そのひと見るからに全身からやばいオーラ見えてて。土に犬を埋めて餌を目の前におく儀式の、犬みたいな。」 「良く死ななかったな。」 「ポケットに丁度朝に食べ損ねたおにぎり入ってて。あげたら懐かれた。」 「リアルに犬の話だったら、俺怒るぞ。マジで。」 「いや、残念ながら人。」 頭の中に嫌な単語が残る。「人相が悪い」「粗忽」「食い意地張ってる」組み立てると嫌な方向にしか話がまとまらないのだが。 「もしかして・・・それ、ゼブラとかって言わね?」 「あ、うん。そうだよ。」 声にならないとは正にこのことである。大切な親友があんな男に引っかかるなんて考えもしなかった。正直、ゼブラと付き合うくらいなら普通に俺を選んでおけばいいものを!と何度か口に出しそうになって、俺達は親友なんだって!と何か良く分からないループを頭で繰り返す。 「つか、なんであいつなんだよ。 もっといいのいるだろ。」 「だから、さ。 恋愛って損得とか善し悪しでは測れないんだって。」 「そんなもんか・・・?」 「そうそう。 新しいと思う。 服着てない人があんなに調和してるって思わなかったから。」 「どういう意味だよ、それ。」 「服を愛してる人間の前で、人間だと相手に意識させる事は簡単なんだよサニー。」 「着こなせばいいってもんじゃないって事か?」 「そう。己をさらけ出してアピールされたらそういう人間はコロッといってしまうものなのです。」 彼女は手元の林檎ジュースを啜り、最後に残っていた小さくなった氷を噛み砕く。ようするに、彼女は恋をしているのだ。相手はゼブラであったとしても、恋をする彼女は美しいと俺は思った。ただ、どうであれ少し胸がもやついたのは、彼女のそのうちなる輝きを引き出したのがゼブラで、彼女の親友である自分には出来なかったという事だけだ。 それもまた、巡り会いと言うことで。 彼女と俺は目を合わせてから笑い、ほとんど水の味しかしなくなったジュースだったものを一気に飲み干して、小さくなった氷を奥歯でかみ締めた。冷たい氷は水になって喉を越してからすっと消えた。 back |