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紅をひとさじ


「今日は、いきなりじゃったから疲れたのぅ。」

どさり、といつもの定位置のソファーに身を沈める。少し大きめに作られたそのソファは赤犬のために特注させたものだ。自分の身体に合うように作られたそれはもちろん座り心地もなかなかのものである。だが今日腰を下ろしてみた所、なにやら腰のあたりに違和感を感じた。ふ、と思わず腰を浮かせて下を見れば、あわてて思考回路を繋いでいる海兵が一人。お気に入りの椅子の上で昼寝でもしていたのだろうか、と想うと少し苛立ちもしてくる。

「こんな時間まで何をしちょる。」

少し声を掛けてみれば飛び起きた海兵はこちらを見遣って、肩を竦ませた。心なしか肩が震えているようにもみえる。

「どうやって部屋に入ったかは知らんが、お前どこの隊のもんじゃあ。」

声を少しだけ荒げてみせれば、顔をはっとあげて名前を名乗りあげる。

「クザン大将の元で働いております、ナマエともうします。」
「それで、何しにここまで来たんじゃ。」

何もない癖に他の大将の部屋でのんきにさぼり、なんて話だったら許すはずもない。万が一、そんな発言をしたらその部下ともども上司であるクザンを叱りに行く。そもそもあいつは同じ大将だというのに、普段からたるんだ態度ばかりだからいけないのだ。そんなだからこそ、部下のこの態度なのかと思えば納得もできなくはない。どうせさぼりに決まっている、そう想っていた時にナマエと名乗った海兵は口を開いた。

「クザン大将から、こちらの書類を渡すまで帰ってくるなと言われました。」

海兵の掌には椅子で寝ていた際についたのであろう皺だらけの書類が載せられていた。書類の一番上には散々溜め込んでいたとおもわれる処理日が記載されていて、その日付は随分前の日にちを指していた。

「ったく、また奴は仕事溜めこんどったか・・・」

ある意味、この部下も自分もクザンのとばっちりを食っただけという気がしてきた。とりあえず明日は朝一からクザンを叱る事から始まりそうである。

「さっさとすませるから、そこで待っちょれ。」

苛つきながら書類を部下の掌から引ったくると作業机に向かう。想ったより量があったそれを処理しおわるまで軽く小1時間ほどだったろうか。 海軍帽を深く被った海兵は、またもその椅子の上で寝こけていた。

「ほれ、終わったから さっさとこれ持ってクザンに返してこい。」
と、差し出した腕から書類を受け取る手はだらりと横に落ちていて、それにまた溜息を付くことになった。

ああ、クザンの部下には生意気な奴か、だらけた奴か、使えない奴しか居ないのだろうか。海兵が深く被っていた海軍帽子を苛立ち紛れに持ち上げる。起きるかと想っていたのだが、ナマエは少し身じろいだだけで規則正しい寝息を立てている。あまりにも無防備すぎるその表情に、苛立ちとは違うなにかしらの感情を覚えた。

「本気で、起きんつもりか・・・」

鼻でもつまんで起こしてやろうと覗き込んだ顔に思わず息を潜める。男にしておくには勿体ないほど長い睫毛、少し低いもののきれいに通った鼻筋。ふっくらと膨らんだ桜色よりすこし鮮やかみをました唇。思わずくらりときてしまった自分に嫌気がさす。

「わしは、何を考えとるんじゃぁ・・・・・」

ちらりと、また椅子の方を見遣るが、やはり海兵は起きる様子もなく。本日何度目かの溜息を吐いて、赤犬はでんでん虫を手に取った。

『あぁ、サカズキ? 書類終わったぁ〜?』
「さっさと書類を引き取りに来んか! あとあの男もついでに引き取りに来い!」
『あーららら。帰ってこないと思ったら、そっちにまだ居たの。』
「居たの、じゃないわい。 わしの椅子で爆睡しちょるわ!」

思わず声を荒げてしまったのだが、相変わらずつかみ所のない青雉は電話口で笑っている。

『まだ、寝てるの?』
「ん、さっさとお前が起こして連れていかんかい。」

その一言で青雉が電話口で盛大に笑うのが聞こえた。

『うちの子に変な悪戯しないで頂戴よ?』
「なっ、別にまだ何もしとらんわ!」
『まだ・・・ねぇ。とりあえずお前がナマエを気にいるのは良いけどさ。』 

言葉尻ばかりをとって遊ぶ青雉に、口下手な自分が勝てるわけもない。どんどんとペースを崩されていつのまにか奴のペースに嵌っているのだ。

『サカズキさぁ、それ、普通の奴だったら部屋から放りだしてるよね。』
「・・・・・・!」
『あらら、図星?』

がちゃん、感情にまかせて切ったでんでん虫の通話口からはクザンの声が聞こえたが、
いまの自分にはただ五月蝿いだけだ。とりあえず自分にいま出来るのは、椅子を視界から限りなく遠ざけて青雉の到着をまつだけであった。


紅をひとさじ


頬が熱く感じるのは、きっと疲れているからだ、そうに違いない

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