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トワレの小瓶


夜中、寝ているなんて分かり切っているのに。毎回、酷い音をさせて帰ってくる男。桃色の鳥の羽のコートを肩に掛けて、何人かの女を引きつれて。

「よぉ、ナマエ。 今帰ったぜ。」
男が蹴飛ばしたドアが軋んで、また嫌な音をさせる。男の後ろでは3,4人の女が深夜だというのにはしゃいでいた。
『なに、あの女? 妹さん?』
『カノジョかもよー?』
はしたない笑い声。 眠気と伴って苛立ちは募るばかりだ。

「ドフラ、五月蝿い。 やるなら今日はどっか泊まってきて。」
そもそもベッドがこの部屋しか無いのだ。一応ソファーはあるものの、この部屋にいる限り安眠は出来そうにない。
「あぁ? 主追い出そうとは質悪くなったな、ナマエ。」
至極嬉しそうに男はサングラス越しに笑ったように見えた。
「住んでるのは、私です。」
「飼われてる、の間違いだろう?」
どっちでも構わない。無頓着なのはいつも通り。愛してるとか、好きだとか、よく解らないけれど。

「じゃぁ、私。 出ていきますのでお好きにどうぞ。」
ドフラミンゴの分厚い財布から万札を数枚抜き取り、フラフラと戸口に向かう。
「なんだよ、混ざらねぇのか?」
「興味ないです。」
別に私の所にわざわざ連れ込まなくても、いくつかマンションを所有している癖に。片づけるのが面倒だとか、何とか。それだったらいっそ、ハウスキーパーでも雇えばいいのに。

「・・・で? お前、何処に行く気だ?」
「後輩のバーあたりで飲んでこようかと。」
あそこなら眠くなってもバックヤードの仮眠室で安眠できる。それに少し後輩は彼に似ている。
「後輩って、誰だよ。」
「別に関係ないでしょ。 明日中には帰ります。」
引き留める腕を振りきって、扉を閉める。案外簡単に撒けたから、きっと引き留めるつもりは無かったんだろう。きっと彼の恋人は何人も居るのだ。飼われている女もきっと何人かいるだろう。きっとその中の、私は一人なのだと思う。


    *     *     *  

「で、大人しく部屋を明け渡して来たのか。」
グラスを白い布で磨く後輩。
「元々あのマンション、彼の持ち物だもの。」
「だからっていったって、そりゃ、横暴だろうが。」
浅黒い肌、 短い髪。 夜勤のバイトと昼の大学のせいで見事にできた隈と髪の色だけが違う。でも、纏う空気はとても良く似ている後輩。
「いいのよ、別に。 怒る程じゃないし。」
「優しすぎるんだよ、センパイ。」
「悪い男にばっかり、惹かれる私も悪いんだから。」
自嘲気味に笑うと、彼は少し怒ったようなよくわからない複雑そうな顔をした。
「何でアンタが怒るのよ。」
グラスに注がれる赤。
「別に、怒ってなんか無い。」
「そう? じゃぁ、もう一杯貰えるかしら。」
赤色を一気に飲み干して、後輩の目の前でグラスを振る。きっと夢の世界に堕ちるのも、そう遅くない。

「身体、壊すぞ。」
「医者志望なんだから、壊れたらアンタが診なさい。」
「馬鹿、俺は外科志望だ。」
「そうだった? まぁ良いじゃない。 潰れたら裏に放り込んでくれればいいから。」
「追加料金貰うけど?」
「良いわ、どうせ、ドフィの金だもの。」
その名前に少し目を後輩は泳がせたが、酔った私が気づくわけもない。ポケットの中の数枚の札をまとめて全部、後輩に渡す。
「多い。」
「小遣いにでもしなさい。 貧乏学生が。」
笑った所で、視界が堕ちる。


    *     *     *  


「いい加減、大切ならきちんと捕まえておけ。」
「俺に命令するな、ロー。誰のお陰で大学行けてると思ってンだ。」
聞き慣れた声が、聞こえる。 1つ、2つ。
「口出しするつもりは無かったんだが、毎回これじゃぁ・・・」
「黙れ。 何も知らないお前に言われる事じゃねぇよ。」
「・・・・・・解った。」
彼が笑うのが、見えた気がした。瞳は確かに閉じていたから、幻なのだと知っているけど。


耳に優しくない低音、酒焼けした声。
頬に触れる感触、ふわふわと揺れる鳥の羽。
揺れる度に香る匂い、誰かのあまったるい移り香。


ほら、堕ちた甘い匂いがする


「 簡単に、 逃がしはしねぇって、 言っただろ?  」
 

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