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君を知る、僕の知らない世界のこと


からりと晴れた太陽と、少しだけ温い海風に癖のある黒髪を揺らせる。自転車旅もいいけど、一人でないときは船旅だって悪くない。ただし手持ちぶさたになる時間が多いので若干暇なのがアレなんだけれども。

「クザンさん、お暇ですか?」
「・・・ん、まぁ暇って言ったら暇だけどさぁ。」

話しかけてきたナマエの低いところにある肩を抱き寄せて、海風にあたる。よくよく後で考えてみればこの気候時の甲板は色々日差しもきついし、海風ももしかするとナマエには不快だったかもしれない。前に話を聴いたとき、ナマエは海とは遠い場所に住んでいたと聞いたから。

「つらいなら、中に戻る?」
「いいえ、大丈夫です。」

やせ我慢なのか、本当に大丈夫なのか、それとも気に入っているのか。表情があまり大げさに変わらないナマエの心情を表情から読み取るのはとても難しい。第一顔だって身長の小さなナマエと自分ではかなり離れているのだから、余計に、だ。

「海ばっかで暇じゃない?」
「いえ、楽しいですよ。」

青色がキラキラ色を少しずつ変えながら光ってみえるのが楽しいのだと言うが、俺には見飽きた海に相違なく、ただけだるげに返事をして甲板の端に体重をかけた。

「クザンさんは暇そうですね。」
「そりゃね。海って基本的に景色変わらないでしょ。」
「じゃあ、なんかゲームでもしますか?」
「ゲーム?なんか持ってきてるの?」

その問いにゆっくりと首を振ったナマエに苦笑する。
「じゃあしりとりでもする?」
「嫌です、だって面倒だとか言ってすぐ終わらせようとするじゃないですか。」
「あー・・・」

反論が出来ない所がとても痛いところなので、とりあえず押し黙る。すると笑いながらスマートに話をスライドするナマエの、そんな所に少し救われている。良くも悪くも深入りしてこないあたりが俺にとっては居心地がいいのだ。その分、俺もナマエもあまりお互いの深い所は知らないままなのだが。

「クザンさん、携帯持ってます?」
「携帯?」

そう言うと、ジェネレーションギャップ、いやワールドギャップかぁ・・・なんて顔を引き攣らせてフォローするものだから、こちらとしては苦笑いをするしかないだろう。

「電伝虫のこと?」
「あっ、こっち電伝虫でしたね。」
「また、異世界の話?」
「んー・・・」

たまに遠い目をするナマエの目には、きっと俺とは違う世界が映っているのだろう。俺が海を当てなく見ていると、ナマエは普段肩からかけている小さなバッグから更に小さな機械を手に取り、俺の掌の上に置いた。

「これが、俺の世界の電話。こちらでは繋がりませんが。」
「へぇ、随分と小さいのな。」
「繋がれば暇つぶしができたんですけどね。あいにく電波がこちらには通ってないもので。」

少しだけ寂しそうに目を細めたナマエに俺は少しの溜息をつく。いつでも会話がしたいなら傍にいてと言えばできるだけ傍に居る努力だって俺はするし、こちらには携帯はないけど、電伝虫は居るのだからプレゼントくらいしてやったっていいのに。変な所で遠慮がちなこの男はいつもこんな調子だ。

「繋がらなくても、常に傍に居ればそんなの要らないんじゃない?」
「え?」
「電話がしたいなら、プレゼントするし。」

とりあえず大きな電伝虫は用意出来そうにないから、仕事用に携帯していた小型電伝虫と、先ほどから預かっていた携帯電話なる機械をナマエに渡した。

「これどうやって使うんです?」
「あー・・・そりゃ、」

ここのダイヤルをこうして、ああして、とひととおり説明し終われば、すぐに自分の電伝虫に着信が入った。電話の向こうの相手は・・・言わなくてもいいか。


君と知る、僕も知らない世界

(もしもし、こちらナマエ。)
(はァい、こちらクザン。)

  *  *  *

お題:クザンに船の上で電話

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