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押して引いて逃げられる


ふと、トレーニングルームでの出来事。バーナビーがいつも通り虎撤より早くトレーニングを引き上げて、シャワールームに移動する。相変わらず虎撤はトレーニング機材をベッド代わりに昼寝をしていて、ネイサンとカリーナは乙女談義中。いつもと同じなんてことのない時間。ただ、そのなかでいつもと違うのは、先程までバーナビーがトレーニングしていた付近に、薄い色のついたガラスの、彼の眼鏡が置き忘れられていたことだ。ふ、とそれを手にとって、かけてみた。

「思ったより、そんな度数は高くないみたい。」

すこしぼやけるものの、自分がかけてもそんなに大差のない視界。それでも眼鏡があるのと無いのでは視界には差はあるだろう。届けてあげようと思って立ち上がったものの、シャワールームの前で立ちつくす。よく考えてみれば、彼のシャワールームは男子専用に決まっていて、明らかに中にいる間は裸である。ああ、入れないや。と思って立ちつくしながら中のシャワー音を背中で聞く。

「・・・何してんの?」

ひょこ、と顔を出したのはネイサン。姿が見えなくなった私を捜しに来てくれていたようで、少し申し訳ない。

「いや、眼鏡を、」

上手く伝えられる自信が無くて手に持っていた眼鏡を見せる。それをみて大体把握したのか、ネイサンはにっこり笑うとシャワー室の扉を開けて叫んだ。

「ちょっとぉ? ハンサムいるぅ〜?」
「ちょ、待ってますから、いいですから!!」

止めてみても、至極愉快そうにネイサンは目を細めるだけだ。

「なにいってんの! 眼鏡は顔の一部っていうでしょ! ねぇ、ハンサム?」
「いい加減にしてくださいよ、シャワー室は響くんですから・・・」
「あら、解っててやってるのよ?」

ネイサンはバーナビーが応えて出てくるまで、やめる気はなさそうだ。是非ネイサンの声もシャワーの水音で彼に聞こえなければいい。彼の時間を邪魔してしまって、あとで機嫌をわるくして困るのは誰でもない相棒の虎撤なのだ。ただでさえ仲の悪い彼等の間をより険悪にしたくない一心でネイサンを止めたが、望みは叶わず、きゅっとシャワーのコルクを捻る音がして水音が止んだ。

「五月蝿いですね、なんですか?」
「ハンサム、眼鏡忘れてるって〜」

強引に腕を引いてネイサンはシャワールームに名前を引きずり込んだ。
ひたり、床に流れる水に足が触れる。

「え、ちょ・・・?」
「・・・今手が離せないので、持ってきていただけますか?」

ちらり、とネイサンをみやると、彼はてをひらひらさせて我関せずのポーズを取る。

「え、ちょっと!ネイサン!!」
「いやぁね、ハンサム待ってるだろうし、早く持っていってあげなさいよ。」
「こんなところに私が渡しに行ったら、まるで変態じゃないですか!」

自分の焦りとか緊張だとかをまるで解らないというように、にこりと笑うネイサン。そもそも他の人とか入ってたらどうするんですかと、問いつめるとネイサンはポンと肩を叩いた。

『グダグダいってねぇで、さっさと届けてこい。』

その思った以上の低い声と乱雑な言葉遣いに驚きより恐怖が先に立つ。インパクトってやつは本当に怖い。こくこくと無言で頷くとネイサンはいつも通り笑って、扉は見張って置いてあげるといってウインクした。閉まるシャワー室の扉に、もうどうして良いのかよく解らなくなってくる。そこへ追い打ちかのように急かすバーナビーの声。

「全く、持ってきてくださるのは違ったんですか?」

その声に、手の中にある眼鏡をきゅっと握りしめた。(ああ、もう! 意気地なし! さっさと届けてから逃げればいいのよ!)それ以外に行動パターンが見つからない。

一足歩くと足下からぱしゃりと水音がしてシャワー室に反響する。撥水カーテンとカーテンの間に遮られた一番扉から遠シャワースペース、白い綺麗な足首だけがカーテンの下から覗いている。前までいくと相手はシャワーの湯気の中でこちらを向いて少し笑った。顔より下にかけてはシャワールームなので一応磨りガラスの扉がかけられている。
それでもいつもよりハッキリ確認できる肩から鎖骨あたりのラインがより何故かひどく男らしい。顔を真っ赤にして、眼鏡を差し出すと男は腕ごと掴んで中に引きずり込んだ。

「ひゃ・・・わわわっ、」

押しのけた胸板から掌に伝わる体温。下を見ることは極力さけているものの、そうすると必然的に相手の顔を見る事になる。

「あ・・・あれ? 眼鏡・・・?」

まだしっかりと自分の手に眼鏡は握られているのに、彼の目にはきちんといつもの眼鏡がある。きょとん、とした顔をすると彼は天使のように綺麗な顔で酷く悪魔のような言葉を吐いた。

「僕は常にスペアで同じ眼鏡を持ってるんです。知りませんでしたか?」
「スペア・・・だ・・・と・・・」

なら、ここまで自分が来る必要性は全くもって皆無。あきらかに選択を間違えた自分に舌打ちでもしたいくらいの心境である。

「じゃあ、私が来る必要なんて無かったじゃない・・・」
「まぁそうですね。でも、わざわざ来ていただいたので、どうぞ?」
「どうぞ・・・って何?」

その一言に男はにっこりと笑って酷いワードを口にする。

「そりゃあまぁ、僕の裸なんて見る機会なんて滅多に無いと思いますので。」
「は? まるで私が痴女みたいないい方しないでよ!」
「見るだけでは不満でしたら、貴女になら別に触れられても構いませんよ?」
「断固拒否させていただきます。」

退路を確保しようと後退ってみるものの、流石ヒーロー。こちらを見つめる瞳は明らかに自分の行動を見切っているとみえる。

「僕から、逃げれるとでも?」
「全力で、逃げます。」

青く発光するのはネクスト特有のそれ。相手を傷つけるつもりなど無いので、それはどうしても時間稼ぎにしかならないのだが、今はそれだけでも充分である。なぜなら相手はヒーローといえども裸なのだ。裸でシャワールームからは出られないので、ここから逃げ切るだけの時間があればいい。


引いて押して逃げられる


「それで、能力で眼鏡全部割られて逃げられたって?ハンサム不器用すぎるのよー。」
「そりゃ名前も怖いわなー、つーかそれは犯罪じゃねーのか、バニーちゃん。」
「もう、やらかしたのは自覚済みですから、いい加減ほっといてくださいよ!!」


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