出さない答え 「・・・っ、」 がたりと、机に突っ伏すのはこれで何回目だろうか。 「あ、やっと痺れてきた?」 にこにこと向かいの席で笑うのは、腹黒の毒男。黙ってれば世間一般で言うイケメンなのだろうが、こいつときたら、お茶にはいつも異物混入が当たり前で、飲まなければ嫌がる私に口付けまでして、嫌がらせのように毒の注入を繰り返す男。回避しようとすれば、お得意の予知かなにかで先手を打たれてしまうから質が悪い。 「痺れてきた?・・・じゃ、ないでしょうが!!」 「あれ、まだ動けるんだ?じゃあ次はもう少し強めにしておくよ。」 コポコポと英国の執事がするように、高い位置からお茶をティーカップに注ぐ、その行動は酷く優雅に視界に映る。 「あ、そうそう。この前小松くんから教わったレシピで作ったクッキーがあるんだけど・・・」 「食べ、れると・・・思います?」 「そうだね、無理そうだね。」 ニコニコとしながらこちらの返答を待つ彼は、一体何がしたいのだろうか。 「今日は、きちんとお茶を飲んだんだね?」 「ええ、前回みたいに、直接流しこまれたく無かったので。」 「残念。 結構ナマエちゃんの唇の感触、好きだったのにな。」 その言葉に、不意に脳内で再生される前回の出来事。 『飲まないんだ? なら、直接飲ませてあげるだけだけどね?』 ふに、と不意をついて密着した唇の隙間から、彼の長い舌と毒が自分の思考回路すら絡め取った、あの日の出来事。思わず映像だけでなく、唇の柔らかい感触まで思い出してしまって居たたまれない。 「っ、なんで、毎回こんな嫌がらせされるんですか・・・」 流石にファーストキス、ではなかったので良かったものの。熱は出るわ、頭痛するわで色々大変な事になった為、少々トラウマになってしまっている。 「嫌がらせかぁ・・・そうかもしれない。でもそうじゃないかも知れない。」 「どう考えても嫌がらせ以外の何者でもないと思いませんか。」 毎回、近くを通るたびに連行されて毒を盛られて寝込む、自分にとってはかなり迷惑だ。初めから良い印象を持たれてないのは解っているのだが、ここまで嫌われるような事を私はこの人にした覚えが、まるでないのだ。 「少なくとも、ボクは嫌がらせで相手にキスできるような人間じゃないよ。」 まどろっこしい言葉遊び。 余裕のココに溜息しか浮かばない。 「それで、今回はどんな毒なんですか?」 「神経性の麻痺毒。猛毒とかじゃないから今回は熱とかは出ないと思うよ。」 今まで盛られてきた毒より幾分か軽いものだときいて、胸を撫で下ろす自分は、既に何処かしらこの状態に適応しかけているのだろう。 「・・・未だに、私はココさんが何をしたいのか、理解に苦しみます。」 「とっても実はシンプルかもしれないけどね。」 「貴方の思考回路自体が複雑怪奇なので、その発言の意味はそのまま受け止めかねます。」 そう突っぱねると、ココさんは少し口元を引きつらせていた。その口が「強情・・・」と呟くのを確実に視界は捉えていたが、突っ込む気力さえない。 「つまり、だ。言うほどボクは君のことが嫌いじゃない・・・って事だ。」 「私は好きじゃないです。」 毒に抗体のある順応な体は既に先程の毒の抗体をつくり、それに従って舌の痺れなどもだんだんと取れてきていたのでつい、零れてしまった一言。口は災いの元。言葉はフワフワと軽くなってしまうから・・・。耳元でリフレインするその台詞は誰の物だったか。 「随分と早く痺れがとれてきてるみたいだから、今日は特別にもう一種類プレゼントしておこうかな。」 ぐい、と近づく整った顔。思惑に嵌りたくなくて顔を背ければ、髪を軽く引き唇を奪われる。唇から伝うのは唾液の透明な糸ではなく、毒混じりの紫。 「ん・・・っふ、この野郎・・・!!」 「・・・次までに、きちんと良い答えを持っておいで。」 そう言って彼は寂しそうに目を細めて笑った。 答えを出さないんじゃない、出したくないのだ back |