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天使に恋する10秒前


ふらり、立ち寄った港町。特にやることもなくただログが溜まるまでの暇な時間・・・のはずだった。先の一瞬、その時までは。

ふわり、と頭上にかかる黒い影。寝ころんでいた身体を飛び越え走る、それは確かに人だった。

「なんだ、今の。」

頭上を見ても高い建物がひしめいているこの街で、建物から建物に飛んで移動している。足下に転がっていた酒ビンを拾い上げ、影の向かった方に走る。

「キッド、何処に行くんだ。」

キラーが何か後ろで話していたが、それを追う俺の耳には入らない。上空を見ても、眩いばかりの太陽に逆反射して。顔すら真っ黒の影にしか見えない、それを途中から夢中になって追いかけていた。

「っあーーー!!! ったく、埒が明かねぇ!!」

追いかけてはそれ以上の早さでかけていく影に、苛立ちは募る。それでも追いかけていると建物の上から影が降りてくるのが見えた。

「ったく、手間取らせやがって!」

勝手に追いかけていたのだが、こんなに走り回されたのはいつ以来だろうか。文句の1つでも言ってやらないと気が済まない、なんて勝手なことを思いながら着地地点に走る。

「いい加減に、鬼ごっこもお終いだっ・・・!!」
「・・・?!」

スライディングに近い格好で相手の身体を視界に捉えた。自分に向かって着地しようとしている、少女。

「うわっ、お前・・・!!」
「っつ!!」

少女は驚いた顔を張り付かせながら、小さな声で叫んだ。そもそも、よく考えてみれば
少女が逃げるのも当然のはずで。だって俺は見るからに海賊で、有名な賞金首で。そんな奴に知らないうちに追いかけられていれば、尚更逃げるに決まっている。

スローモーションのように視界に少女を捉えながら、だんだんと近づく距離。重力とか、引力とか、地面に引きつける力が作用して。地面に座り込んでしまっていた俺の上に少女は落ちてきた。

「やっと、捕まえたぜ。」

狼狽えて、逃げようとする彼女の身体を腕でつなぎ止めて、笑う。少しだけ怯えた顔をした少女は、その笑みで余計に身体を堅くした。

「空、飛んでただろ。」

白いワンピースをひらひらなびかせながら、上空を走る彼女はまるで天使のようで。白い服とシルエットしか見えなかった時よりも、なお高揚する感情。

「走ってた、だけです。」

少女は短く、答えた。

「すげぇな! そりゃ、すげぇ!!」

足に翼でも生えてるのかと、のぞき見た足は己のものと比較も出来ないほど華奢で。よくこんな足であの距離を走れるものだ、と純粋に思う。

「別に・・・すごくはないです。」
「普通の奴には出来ねぇよ。」

心から言っていたのが、解ったのだろうか。身体の上の少女の緊張が少し緩んだように感じられて、上体をそのまま起こした。

「なんで、追いかけてきたんですか。」
「ただ、興味があっただけだ。」

髪を風に揺らしながら、少女はその答えに笑う。

「そのまんま、ですね。」
「よく、言われる。」
「思っていたより、怖い人じゃない、ですね。」
「とりあえず良い人、ではねぇな。」
「でしょうね。」

そういって軽く微笑んだ彼女は天使なのかもしれない。非現実的だけれども。

「俺と一緒に、海に出ないか。」


紅い悪魔は白い天使に恋をする


無理矢理船に乗せ、海に出てみたものの、目を離した一瞬の隙に視界から消えた彼女。
やはり彼女は天使だったようだ、なんて彼女が消えたであろう海の先を見遣った。


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