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魔法仕掛けのコットンキャンディ


「とりっく おあ とりーと!!」

にたり、と微笑んだ顔で差し出される手。その手はなにかをくれ、と言わんばかりにちょいちょいと動かされていた。

「お菓子なら、引き出しにいっぱい持ってるじゃないの。」

普段から机に沢山のお菓子を蓄えている彼女に今更自分がお菓子をあげるものでもない。 それに片方の手に提げられた鞄からは零れんばかりに詰められたお菓子。

「それだけあれば充分じゃない?」

その量からして明らかに海軍の上層部を回ったのだろう。お菓子も結構なブランドものばかりだ。

「・・・今日はお菓子を貰う日なんだから、さっさと頂戴?」

小首を傾げてみせてくれる少女は、あきらかに自分の容姿をよく解っている。その角度というものがいかに相手に見えるかも計算し尽くしているのだ、こいつはそう言う奴だ。

「大将なのに、けちなんだね。」

黄猿さんと赤犬さんはきちんと用意してくれてたのにーなんてぼやく彼女。

「おれはけちじゃない。というかナマエ、あいつ等にもたかりに行ったの?」
「ガープさんの所とセンゴクさんの所にも行きましたー!」

青雉大将だけお菓子くれませんでした。なんて他に言われて困ることはないのだが、
ナマエの事だからきっと脚色つきで噂を流すだろうと予想できるから手に負えない。

「あー、まってろ。飴くらいならあるかもしれないから・・・」

そういえば可愛いお菓子屋の看板娘の所に遊びに行ったときに買ったのがあったっけ。
サイドテーブルに置きっぱなしにしておいたキャンディーのビンをつかんでナマエの目前にぶら下げる。

「欲しい?」
「欲しい!!」

キラキラと目を輝かせてビンを掴もうとするナマエ。その手が届く、その瞬間にビンを上にひょいと持ち上げる。彼女と、身長の高いおれでは届く高さが違う。彼女がどんなに手を伸ばしても、俺が更に手を上に上げてやれば確実に届かない。

「馬鹿にしてるの?」
「"お父さん"って呼んでくれたらあげる。」
「じゃあ要らない。」

目の色がさっと変わる。 いきなりドライになるのは本当に切り替えが早すぎていけない。

「ったく、誰に似たんだか。」
「じゃぁくれるの?」
「おれの気分次第。」

どうやらさっきのはフェイクだったらしい。彼女の目は未だにピンクや水色に煌めくビンの中の宝石を狙っている。

「なら、くれなくて良いわ。」
「・・・?」

にこり、と無邪気に笑う彼女はとても可愛らしい。でもその口元が角度を上げるのを見た瞬間冷や汗がでた。

「奪うから。」

ひゅっ、と見えない空気が形を持ってビンを狙う。

「おっと、ビンが割れるぞ?」

能力のコントロールにまだ不安は残る事は知っている。だが、思っていた以上に彼女は腕を上げていたらしい。ふわりと握っていたハズのビンの蓋が開いて、中から飴玉がふわりと宙に浮く。飴玉はふわふわと舞うようにして彼女の持っていたハンカチの上に落ちた。

「残念、中身にしか興味ないの。」
「あー、やられた。」

ぼり、と頭を掻くと彼女は高らかに笑う。明らかに今回は自分の作戦ミスである。

「トリック オア トリート。」
「・・・?」

最後におれから彼女に笑いながら問いかける。

「え? 何?」
「沢山飴が入ってたんだから、1つくらいくれたって良いでしょうが。」

今度はおれから彼女に手を差し出す。

「馬鹿親父なんかにはあげません。」
「ったく、悪戯希望ってか・・・って今?!」

その"親父"呼びは少し気に入らないものだったが、呼んでくれたのは初めてである。しかも「馬鹿」つきで可愛らしい呼び方でもなくても、おれには何よりのものだ。

「そろそろ俺を父親って認めてくれたって事でいいのか、これ・・・」

いままでさんざん育児放棄してきた俺を娘がやっと"親"と認めてくれたのだろうか。それとも口から出たただの単語としてのものだったのか。

考えているうちにナマエは部屋からいなくなっていた。机の上に放置されたビンのなかには先ほどにはなかったハズの一粒が。

「これは期待してもいいって事か、ナマエ?」


トリートよりも嬉しい出来事


久しぶりに食べた飴は口の中で酷くゆっくりと溶けた。

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