ショート | ナノ
ハロウィンの幻影 3


気が付けば、僕は病院のベットの中にいた。
毎度このベットにお世話になっているんじゃないか、だなんて思いながら、お見舞いに来てくれたクラウスさんたちと言葉を交わす。

「血の眷属、封印できたんですよね?」
「もちろん。君のお蔭だ。」

そう言って目を細めながら言ったクラウスさんの言葉に、なんだかむず痒くなるのを抑えて、僕は口を開いた。

「いや、そんなことないっすよ。・・・それよりあの、ナマエさんはどうしたんです?」
「・・・?」

僕の言葉にクラウスさんは首をひねり、他の人に視線をやる。

「スティーブン、知っているか?」
「いや、少なくとも今日の事件に巻き込まれた人の中に、そんな名前は無かったな。」

その言葉に愕然とした。
僕以外あのことを覚えていないのだ。未だ目に焼き付いているあの緑色を、彼らは見ていないという。
血の眷属が現れて、それを封印している最中に頭をぶつけて倒れてしまった。
そう言うスティーブンさんの話と、僕が覚えている事件が明らかに違いすぎて、混乱してしまったのは仕方がないことで。

「まあ、ほら。頭をぶつけたから、記憶が混濁してるんだろ。」

結局記憶があいまいになっているという判断をされたのだろう。
命に支障はないから、安心してもいい。スティーブンさんに小さく微笑まれ(きっとそれは苦笑ともいうのだろうけど)。
クラウスさんには心配され、ザップさんはいつものことだが、ツェッドさんは顔を青くしてこっちを向いてくれないし。
正直頭のことよりも、みんなの対応の方が大変だった気がする(特にクラウスさん)。
・・・そんなこんなで。この街に来た初めてのハロウィンは、あいまいな記憶の中、あっという間に終わってしまったらしい。
様子見を兼ねて、明日の昼まで入院だそうだ。という声を聴きながら、何となくそう思った。

もう夜遅い時間だから、とみんなは帰ってしまい。
一人取り残された僕は、なんだか気分が落ち着かない。
ハロウィンの夜だからなのか、それとも目に残っている緑色のせいなのかはわからない。
ただ、何でこういう時に限って病室に僕しかいないんだ。と、頭を抱えてしまう。
すると。

「あれ、まだ頭痛む?」
「え、あ・・・うわあ!!」

声に驚いて視線をあげれば、緑色の目と目が合った。
ナマエさんだ。間違いない。
頭に残っている緑色が揺れるカンテラを持つ彼女を見て、そう確信した。

「あっはっは、驚いたかい?」
「そりゃあ驚きますよ!急に出てくるんすもん!お化けかと思うじゃんか!」
「・・・なんと。やっと門が閉まって、大量の仕事を終わらせて!そして疲れた体を酷使して様子を見に来たというのに、君はそんな事を言うのか!」
「えっと、す、すみません・・・?」
「いやいや、冗談だ。・・・というよりも。」

お化けの方がまだ良かったかもしれないよ。なんて悪戯が成功したように意地悪く笑う彼女に、僕は冷や汗が出る。
笑みでゆがんだ緑色の瞳を見ることしか出来なかった僕の頭に、ぽんと手が置かれる。

「っ!」
「ああ、怖がらないで。見に来ただけだから、大丈夫かどうかをさ。」

そう言ってわさわさ僕の頭を撫でた後、彼女はすっと僕から離れる。
本当に彼女は僕の様子を見に来ただけのようで、何となく申し訳ない気持ちになりながら彼女の方を見ると、また笑っている。

「なんで笑ってるんですか・・・?」
「んー?面白いから、かなあ。」

カランと彼女のカンテラが音を立てて、そちらに視線を向ける。・・・心なしか炎が大きくなっているような気がする。
そんな様子でさえも彼女は面白いのか、笑顔でこっちを見てくる。

「レオ君は本当に気をつけた方が良いよ。不用心なのに、いろんなものが見えてしまうんだから。」
「うぅ、返す言葉もない・・・。」
「悪いとは言いってないよ。ただ何となく私もおせっかいをかきたくなるってだけ。」
「えっと、ありがとうございます?」
「うんうん、素直で良いことだ。・・・でも信じやすいのは、ね。悪いのに魅入られてしまうかもよ?」
「え。」

そう僕が声に出したのもお構いなく、彼女はまた僕の距離を詰める。
ずいと顔を近づけてくるものだから、また彼女の瞳に僕が大きく映った。

「今日はハロウィンだ。」

さあて、一体どこまでが本当なんだろうね?そう言って笑った彼女を見たのが最後、また僕は意識を闇の中にぶん投げてしまうのだった。



目覚めたときには、もう朝で。あれはもしかしたら夢だったのかもしれない。
それともハロウィン特有の悪戯だった・・・いや、悪戯にしては酷く凝っている。

「・・・あれ。」

ふと裏ポケットを探った際に出てきたのは、幾分かのお金だけで、一緒にいれていた飴が消えていた。そして代わりのように僕のスマホにストラップがいつの間にかついていたのだ。

「ほんとに、分からないなあ・・・。」

そう言ってスマホのストラップをよく見るために、薄ぼんやりした蛍光灯にかざす。
カボチャランタン、確かジャック・オー・ランタンと言っただろうか、それのストラップだということが分かり、僕は首を傾げてしまう。こんなもの、見たことも手に取ったこともなかったからだ。

ただランタンの中に塗られた緑が、そのストラップを揺らした音が、何となく記憶の中のものに似ている気がして。

「また、会えるかな。」

そう呟いて、何となくカラカラと鳴らしてみるのだった。

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