ショート | ナノ
ハロウィンの幻影 2


「菓子やって帰るようなガキどもなら、良かった、んだがなっ!」
「貴方がそんな、お菓子を子どもにあげる図が、想像できないんですけどね、っ!」
「あー?んなもん、レオかてめぇがすんだろ。菓子買う金有るなら、遊ぶぞ俺は!!」
「駄目だこの人・・・。」

そんなやり取りをしながら、目の前の敵を倒す。というか、気絶させるというか。
レオ君曰く「ゴーストに操られている」とのことで、正直怪我をさせられないし。
それに加えて、血の眷属(しかも3人も)まで出てきているのだから堪ったもんじゃない。

「ハロウィーンだからって、向こうも気を使っているんですかね。」
「んな気遣いくそくらえだな。つーか、エクソシスト呼んで来い、エクソシスト!!」

そう言って、隣で戦っていた奴が叫んだ時、周りの明かりが消えた。


ハロウィーンとか言ってても、ここではそう変わらない日常の中の一日だと思っていた。
クラウスさんから血の眷属が出たという連絡を受けて、そこにたどり着くまでは。

「なんだ、これ・・・!」

他の人には見えないかもしれないが、僕にはすごい光景が広がっていた。
暗くなり始める中、光る何かがあちらこちらに飛んでいる。そしてそれは人に入り込んだかと思えば、その人が急に暴れだしたりするのだ。

「ハロウィンすげえ。」

いつもとは違う光景に目を瞬かせながら、僕はスマホの画面を開く。
僕の前方で二人がいつものように言い合いをしているのも普通だったし、景色以外はいつもと何ら変わりない風景だったのだ。
けれど、相手の名前を打っている最中に急に周りが暗くなった。街灯の灯が消えたのだ、ちなみに僕のスマホの光も。

「え、何で!?・・・あ、ついた。」

でもそれは一瞬で、代わり映えのない画面が見えてホッとする。
ただほっとできたのは僕だけのようで。周りを見れば、慌てたように視線をあちこち回している。(不思議な事に、幽霊たちも動揺しているように見えた。)
見れば街灯の光はいつものような光ではなく、青い炎が揺らめいているし、何処からともなくカランカランという音が響いている。
クラウスさんたちを見れば冷や汗をかいているのが見え、これは日常の出来事ではないということが分かる。

「ケリーにチャールズ、ベティに・・・。」

カランカランと響く間に聞こえた歌うような声に、僕は驚きを隠せない。

「ああ、5人の魂が揃っているだなんて、どこかの詩のようだね。」
「ナマエ、さん・・・?」

緑の炎が揺らめ居た先に見えた人影は、お昼に出会った彼女そのもので。
手に持っているランタンの炎がひとりでに大きく揺らめている。

「だから言ったろう?少年。」

僕の方を見ずにそう言うものだから、一瞬誰に向けて言っているのか分からなかったが、どうやら僕の事みたいで。

「ハロウィーンの夜は気をつけなよって。・・・あの世とこの世の門が開く日だから、さ。」

お蔭でいつもより仕事が多いんだよなあなんて、不満そうに言いながら、光の元へ歩いていく。

「夜になると魂はおろか、妖精なんかも活発になるからね。君のように目が良い奴は、特に危害を加えられやすい。」
「!?」

彼女が言ったその言葉に、僕を含めたライブラの人たちの間で緊張が走る。
何せそれは僕の最大の武器であり、多くの人には知られていない事実だからだ。

「ナマエ、何でそれを。」
「?見ればわかるじゃないか。・・・ああ、こんばんはベティ。聖なる前夜に迷い込んだ、憐れな魂よ。」

一瞬だけこちらの方に視線を向けるけれど、またぐるぐる動き回っている光の方へと視線を戻す。
ベティと言われたその光は、その目から逃げるように動いていたが、名前を呼ばれた瞬間に、大人しくなってしまう。

「大丈夫、きちんと送り届けるのも私の仕事だ。」

そう言ったと同時に、光が淡く消えていった。

「ナマエさん、あなたは一体・・・。」
「だーかーら、死神だって君に言ったじゃないか。」

そう言って薄く笑った彼女を見て、寒気を覚えたのは、僕だけではないはずだ。
見れば今まで固まっていた吸血鬼たちでさえ、後ずさりをしている。
それに気が付いているのか、分からないのかは知らないけれど、ケロリとしたまま口を開いた。

「それは良いとして、真ん中の彼はお任せするよ。彼はまだ収穫の時期じゃないらしい。」
「え。」

指をさした人を見れば、吸血鬼の一人で。・・・ということは、残りはどうにかしてくれるという事なのだろうか。
彼女の方を見てみると、言いたいことが伝わったのか、軽く頷いて見せた。
ならば、僕はあの吸血鬼をどうにかしないといけないな、と思った時だった。
迷いなくスタスタと僕たちの方へクラウスさんが歩いてきたかと思ったら、予想外の言葉が彼の口から出てきたのだ。

「ご協力して頂くことには感謝申し上げる・・・が、失礼を承知でお聞きします。本当に貴女一人で大丈夫なのだろうか。」

良ければ手伝いたいだなんて、この光景を見てそんなことを言うクラウスさんに、僕はおろか他のメンバーまで目を見開いた。

「く、クラウス!君正気か!?まだ信じられないが、彼女、死神って言ってるんだぜ!?」
「だが、その位の事は。」
「バカだろ旦那!!うっかり命取られちまったらどうするんすか!?お人よしにも程があんだろ!」
「む、しかし・・・。」
「君のそれは今に始まったことじゃあないが、今回は駄目だ!厄介すぎる!!」

・・・そんなやり取りにハラハラしながら、聞こえているであろうナマエさんに視線を向けると、予想外にもカラカラ笑っていた。

「あっははは!そんなに怖がらなくとも、陽気に今を楽しむ者には手出ししないよ!私は刈り取り損ねたのを刈るだけだから。」

それに、レオ君だって普通に私に接してたが、まだ死んでないだろう?とこっちを見て言うけれど。
正直前まで普通にできていたのは、貴女の正体を知らなかったからです。今は無理、怖い。

「さて、冗談はこれくらいにして。君たちは君たちの仕事に専念してくれると助かるなあ。」

特に少年、君にすべてがかかっているんじゃないか?と聞かれて、僕はやっとスマホのアプリに手を付けたのだった。


クラウスさんに諱名を送信した後は、もう彼女の方にしか目がいかなかった。

「ケリーにチャールズ。私の目が届かない人なんて、いると思っていたのかい?」

君たちは少し、業を清算しなければならないみたいだね。と言って、光に触っている。
その光景がとても幻想的で、思わず立ち止まって見ていたのがいけなかった。
誰かの腕に捕まってしまった時に、ようやくそのことに気が付いたのだった。

「し、死神だろうが、何だろうが!俺たちはもう吸血鬼の仲間入りをしたんだ!!」
「そうだ、そうだ!」

そう言って、僕を捕まえた2人はじりじりと後ろに後ずさった。
口では虚勢を張っているつもりなんだろうけれど、行動がそれにあっていない。
僕を盾にするつもりなのだろうか、それとも、とか嫌な事を考え始めたときだった。

「今を楽しみなさい、けれど、自分がいつか死ぬことを忘れてはいけない。・・・メメント・モリ、と昔の人間は言ったそうじゃないか。」

いつの間にか僕の目の前にはシルフィンさんがいて、そう淡々と呟いた。
頭の上ではうるさいだの、大きな声で何かを言っているし、クラウスさんも何か叫んでいるのが分かる。
けれど僕の耳には彼女の声しか聞こえていなくて、静かに呟く声と、その姿をじっと見ていた。

「私の手から逃げれるものは、誰にもいないんだよ。地獄にも、天国にも行けない魂だってね。」

まあ永遠に彷徨い続けなければいけないけど。そう言いながら、彼女は手に持ったランプを彼らの顔の近くに持っていく。
どうやら僕も、僕を捕まえている人たちも動けないようで、頭上からは引きつった声さえ聞こえない。
ただカボチャのランタンの口の中で、綺麗な緑色が轟々と燃えているのをじっと見ていた。

「ナマエ、さん・・・。」
「君は目を瞑っていなさい。」

何もしていないのに、蕪の中に入れられたくはないだろう?そう言って、僕の目を手で覆われた後のことは、全く覚えていなかった。


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