ショート | ナノ
ハロウィンの幻影 1


あーまたカツアゲされたよ。だなんて思いながら、伸びていた体を起こす。
殴られた頬をさすりながら、この状況に慣れてしまったことに苦笑いをする。
まあでも。と裏ポケットの小銭や、一緒に入っていた飴の感覚を手で感じながら、言い訳のようにつぶやく。

「全部取られたわけじゃないから、良い、か。」
「おやおや少年、それでいいのかい?」
「うわっ!!」

そう呟けば、頭上から声が聞こえ思わず肩が上がった。
そして後ろを振り向けば、綺麗な緑色の目が僕を見ていた。

「何かすいません、昼飯貰っちゃって。」
「ああ、良いよ。ただ申し訳なかったね、甘い物ばかりで。」
「いや食えるだけで満足です!!」

そう言ってぺろりと指についたタルトを舐めとり、先程から気になっている所に目をやる。
黒い煤けたコートの横から覗くカボチャの色をしたランタンは、彼女の目と同じく綺麗な緑色で轟々燃えている。
これは周りにも見えるものなのか、それとも僕だけなのか。
ただのランタンには見えないもんだから、じっと見ていると、これの持ち主が笑った。

「気になる?」
「ふえ!?あ・・・いやその、すみません。」
「いいさいいさ、好奇心のある子は嫌いじゃない。」
「『子』って、僕とそんなに変わんないっすよね・・・。」

それを聞いてカラカラと笑った彼女は、カンテラの持ち手を指に引っ掛ける。
ゆらゆらとカンテラが揺れるのとは別に、中の火がゆっくりと揺れていて、怪しいけれど綺麗だと思ってしまう。

「彼の名前はジャックという。」
「あ、名前付いてるんですか。ちなみに僕はレオです。」
「ナマエだ。」

そう自己紹介が軽く済んだところで、改めて今度は彼女の服装に目をやりながら、口を開いた。

「ハロウィン、好きなんで?」
「ん、好きだよ。・・・まあ私の場合、毎日がハロウィンだけど。」

古いようでいて新品のようなそれは、今日がハロウィンと言うこともあり、その行事に参加するために着たように見える。
それに加えて先程のお菓子だ。
カボチャやリンゴのお菓子を差し出されたのを思い出しながら、この人は本当にハロウィンが大好きなのだということが分かる。

「えっと、それで・・・ナマエさんは何なんですか?」
「死神だよ。なんだ、君なら分かるかと思ったのに。」
「すみません。てっきり、魔女かと思いました。」

死神って鎌もってないと分からないから、と弁解すれば、きょとんとこちらを見て、またカラカラと笑う。
何がおかしかったのだろうか。
そう首を傾げてみても分からず、彼女はそれを見て小さくまた笑っていた。


「・・・おっと、仕事の時間みたいだ。」
「あ、引き留めてしまって申し訳ないです!」
「いいよ、さっきまで暇だったことは事実だし。」

しばらく彼女と話していると、カンテラの炎が大きく揺らめき、僕は内心驚いてしまう。
が、ナマエさんはいつものことなのか、何でもないように笑ってそう言い、ランプを片手にふらりと立ち上がった。

「今日の夜は何が起こってもおかしくないからね。暗くなる前に帰るんだよ。」
「あははは、ここじゃいつだって何が起こってもおかしくない所じゃないっすか。」

そうなのだ、ここヘルサレムズ・ロットはそう言う所なのだ。
まあ夜の方が危険度が増すから、早めに帰った方が良いというのは理解しているつもりだ。
そう言って笑えば、彼女は少し複雑そうに笑いながら「そうか、なら良いんだけど。」と呟いた。

「ではレオ、良いハロウィーンを!」
「はい、ナマエさんも。」

僕がそう言うと、彼女は悪戯っぽくニヤッと笑い、カンテラを揺らしながら歩き始めた。



そんな彼女の後ろ姿をずっと見ていたが、ふと呼び出しがかかり、僕は慌てて電話を取る。その一瞬だけ携帯の方に視線を移しただけなのに、もう一度視線を戻した時には、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。

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