ショート | ナノ
lost and found(3)


「ナマエ、」
ほら、また呼ばれた気がした。あの場所から離れてから、もう3ヶ月。それでも、今まで暮らしていた街を離れる事は出来なくて、少し離れた商店街の花屋に住み込みで働くことにした。 その間、何回も彼に名前を呼ばれた気がする。
「いい加減に、しなきゃね。」

もうずいぶん経つのに、まだ彼が自分を捜してくれて居るんじゃないかなんて考える。でも、遠くに行ったわけではないのに見つけられないことを考えると、やはり。
「きっと、どうでも良いんだ。」
いままでも、優しくされた記憶なんてそんなに無い。来る者拒まず、去る者追わずの彼にとって自分もやはりそのなかのひとつ。ぼーっとしていると、でんでん虫を片手に店主から声がかかる。

「プレゼント包装で1つ豪華な花束作ってくれって。」
「はーい!」
夕方の閉店時刻に取りに来るという客の為に店の中から花をいくつか見繕う。

「豪華なのって事は、高いのって事だよね・・・」
思い切って高い種目の花ばかりを選ぶが、花同士がいがみ合って決まらない。白い胡蝶蘭、深紅の薔薇、気高いカサブランカ。迷っていると、店主が笑いながら言う。
「貰って嬉しい花束を作れば、お客さんだって文句は言わないさ。」
そういわれて、私が選んだのは 女王の名を冠するほんのりピンクに色づいた薔薇。それに青色の小花と霞草を加えて、他は主役を邪魔しない程度に似た色の薔薇で囲む。思った以上に良い出来だ。つい、笑みが零れてしまう。一日の業務を定時前に終わらせて、カウンターで客を待つ。

日暮れ、閉店時刻10分過ぎにやって来た男。
「よぉ、久しいな。」
数回だけ見た顔。目の下の隈が印象的で、良く覚えている。
「トラ、ファルガー・・・」
「ナマエ、みぃつけた。」
花束を自分の腕からもぎ取りながら、緩やかに笑う。
「"見つけた"ってどういうこと?」
無言で指さされた先には、街の壁から少しだけはみ出たピンク色。
「こう言うことだ。」
目があった瞬間、身体が硬直して動かなくなる。
「面倒なのは、もうこれっきりにしてくれよ。」
花束を小脇に抱えて、男は小さく手を振りながら去る。トラファルガーにもしかして捜させていたのだろうか。

「ドフラ、ミンゴ・・・・」
「テメェ、」

やはり、怒られるのだろう。勝手に出ていくなとか、手を掛けさせるなとか。殺されなくても殴られる事くらいはあるかも知れない。

「ナマエ、こっち向け。」
「・・・!!」
いつも遠い彼が、自分の目線に合わせて腰を屈めた。なにかされるのだろうと、身構えて目をつぶったが、降ってきたのは拳ではなく。
「・・・っ、心配させんな・・・!!」
少し泣きそうな彼の声。
「ドフラ・・・?」
「馬鹿、お前、どれだけ俺が・・・」
「ご・・・ごめんなさい、ドフラ。」
「・・・いや、謝るのは俺の方だな。」
紬出された言葉が、あまりにも彼らしくなくて耳を疑う。
「愛してる、頼むから帰ってきてくれ。」
「え、ドフラ、何言って・・・」
「ここでなんなら土下座ってやつでもしてやろうか?」
「っ、馬鹿、 今更、愛してるとか・・・遅いのよ。」
「遅すぎたか?」
「っ・・・なわけ無い。 ドフラ以外、要らないの。 解ってるでしょ・・・?」
抱きつくとピンクの柔らかい羽毛のコートと、薄い褐色の腕に包まれる。数カ月ぶりのその感触に、うっかり泣き出していた。


「泣きやんだか?」
「あ、うん、」
「なら、さっさと行くぞ。」
半ば強引にまたあの家に連れ戻されるのかと思ったら、ドフラが連れ込んだのは陸にある家ではなく、海の上に浮かぶ船舶。

「ドフラ、ここって・・・?」
「また、逃げられたら困るからな。手元に置いておくことにした。」
にっこりと笑う彼。

「コレでもう、さみしくねぇだろう?」
俺も、お前も。


ぐるり回って貴方のところへ



「薔薇の女王、か」
「わぁ、キャプテン、可愛い花!」
はしゃぐ白熊に向かって、花束を投げて寄越す。
「俺には、似合わない色だ。」
薄桃色の花弁がベポが受け取った拍子に何枚か落ちる。
「あんな奴の、何処が良いんだか。」
甲板に落ちた花弁を拾い上げて海に流す。それを眺めてから、息を大きく吸い込んで。

「よし、野郎共、出航だ!」


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