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lost and found(2)


踏み入れた部屋は、無機質なモノが転がるだけで。
以前ここへ来たのが1ヶ月ほど前だから、それからどれほど経つのだろう。
前からそんなに人が暮らしている気配のない部屋だったが、これは明らかに住んでいる形跡がない。
ベッドにうっすら積もった埃がそれを示していた。
「馬鹿が・・・」
一体何が不満だったというのだ。
綺麗な服、有り余るほどの金、高価なアクセサリー。
困らない程広い部屋、大きな豪邸。
普通の女が一生かかっても手に入れることのない程のモノを与えたというのに。
まだ、何か足りなかったのだろうか。

ピンク色のコートの中からでんでん虫を取りだし、部下に繋ぐ。
「女を一人捜して欲しい」
特徴は、と聞かれて返答に困った。
彼女の仕草、匂い、動作、口癖、声色、それらは覚えているのに。
どうしても鮮明に顔が思い出せない。
迷う俺に、部下は疑問を持ったのか、聞いてくる。

"髪の色は、長さは、瞳の色は、肌の色は、印象は?"
髪の色は、しなやかな甘茶色で長かった気がする。
瞳はたしか青、いやグリーンだったか。
肌の色は、白、象牙色?
印象?
いろんな顔が浮かんでくるたび、あいつじゃないと否定する繰り返し。

「あぁ、捜すのは止めだ。」
どのみち、曖昧すぎる捜索で見つかる気はしない。
電話の向こうでまだ何か言っている部下の声など、もう聞こえない。
受話器を投げ出し、埃臭いベッドにダイブする。

「俺は、お前がわからねぇよ、ナマエ」

思った以上に、凹んでいる自分が居て、笑えてしまう。
天下の七武海とあろう者が、女一人に振り回されているなど、笑えない。
しかも、逃げられた女の顔さえ思い出せない癖に。

「あぁ、馬鹿は、俺の方か。」

俺は女一人、見つけられない、ただの一人の男だったってハナシ。
いくら金があったって、服があったって、お前がいなけりゃ着る奴なんて居ないのに。
俺が渡した全てを置いて、お前は何処に消えたのか。


忘れられて消えたのは、ココロかコエか


どれも思い出せぬまま


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