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死体愛好家の気紛れ


「ーーー、お前気持ち悪いんだけど。」

興奮気味に笑う当人の声で、名前であろう部分がよく聞こえなかったが、その小さな侮蔑の言葉は男にとっては何にも波及することはなかった。ただそれすらも賛辞じみている、とこのごろ思う。床に転がった死体は普通はそのまま海に流すのだけれど、この男はそれはそれは宝石でもみるかのように目を細めて、転がった首や手足を拾う。

きれいだね、きれいだね。

死んでしまったらみんな同じなんだよ、なんて宗教じみた事を男は言わない。この男はそんなお奇麗な宗教者ではない。むしろそれに反するだろうという事は俺でも分かる。彼の異常な動作が、自身の欲求であるということはこの船のやつらは知っている。新入りは毎回それを見て吐いたりしているが、慣れである。かくいう俺も初めは吐いた。

「うん、そうだね。」

知ってるよ、と男は笑った。高く男の両手で掲げられた生首が男の白い腕を赤く濡らしていく。赤と白の対比、男のきれいな笑顔と半分右目のつぶれた顔をした首に、見慣れた俺でも少し口の中が酸っぱくなるものだ。

『いったい、何がきれいなんだ。』

ただ気色悪いだけじゃないか、男に言葉を投げつけている知らぬ顔とふと目が合った。賛同を求めるような瞳。でも俺はそれにうなずいてやるほどお人好しではない。だが、俺からはそれが奇麗だなんて到底思えるはずもないので庇う事もしない、ただそれだけ。賛同も否定も俺にはどれも関係のないことだ。目を逸らした俺に居たたまれなくなった知らぬ顔は顔を歪めて去っていく。

「エース、2番隊隊長? どうしたんですか、そんなに睨んで。」

ばちゃん、と水音。興味をなくした首を海に放り投げたのだろう。立ち去ろうとした俺の肩を赤い手が叩く。

「触るな。」
「・・・酷いなァ。」

ひらひらと血を振り払うように宙で手を振り払う男の掌から、己の頬に赤が散った。それを手の甲で拭いさりながら、気色悪ィとさっきの奴も口にした言葉を口にすれば男は口元を上に上げて笑った。

「赤色が至極好きで仕方ないだけなんですよ。炎でも、絵の具でも、夕日でも。」

とくに流れる血が好きでね、と続いた男は笑いながら俺を指差す。そんな沢山の中でもあなたはいっとう赤く輝いているでしょう。だから近づきたくて2番隊を希望したのに、マルコ隊長ったら移動は聞き入れられないなんて言うからさぁ、とべらべらと並べられた言葉の羅列は聞きたくないものであった。

「ねぇ、エース隊長はさ、いつ死ぬの?」

きっと己は男にとって依存性の高い毒によく似ているのだろう。もっとも甘美でもっとも死に近い。俺の炎でうっかり焼け死んだってこの男は最後まで笑っていそうなのだ。

「お前なんて嫌いだ。」
「・・・知ってる、」

エース君は、全部嫌いだものね。僕も、世界も、自分でさえも。いや、自分自身が一番嫌いなんだよね? 仲間だけ違うんだっけ?あれ、おかしいな、僕も仲間のはずなんだけどなァ、どうしてなんだろう。2番隊じゃないからかな、だったらやっぱり2番隊に空きが出たら入れてほしいんだけど・・・あっ、別に早く他の奴らいなくならないかなぁなんて考えてないから安心して、ね?

「ね、エースくん?」

伸ばされた手、逃げるようにして去ったあの日から約1年。
その男は頂上決戦にて逃げるエースの代わりにマグマの前に飛び出した。



「ねぇ、マグマってさぁ・・・思った以上に真っ赤だねぇ、エース君のとどっちが・・・あははははは!!」

これって僕の血かな?久しぶりに見たけど、すごく赤いんだね、びっくりしたァ!なんていつもより少しだけ苦しそうにしながら男は赤犬の目に己の血を塗りたくって力なく微笑んだ。

「逃げるぞ、エース!」

声に弾かれるように無我夢中で走った。でもどうしても意識は背後の男の声ばかりを気にしてしまい、もともと動かしにくかった足がさらに重くなるように感じる。あのままじゃ、死んでしまう。俺の代わりに。

「うわああぁあああぁああぁ・・・!!!」

なんでだよ、なぁおかしいだろ、あいつ強かったんだよ。ああいうときだけ気色悪くはあったけど、他には普通にいいやつだったんだよ、俺の仲間だったんだよ。親父、他の俺のために死んでいった奴ら。どうして。お前だけは俺の生を否定すると思っていたのに。いつ死ぬのか、なんていいながらなんで俺なんかのこと守ったんだよ。俺の事なんて死んでしまえばいいと思ってたんじゃなかったのか。

「なんで、」

弟とその仲間に引きずられながら走る、男の血で濡れた己の掌はすでに乾き始めていた。

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