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曲線ストレート


「お前に補佐を付けようと思う。そちらの方が動きやすいだろう?」

風にマントをなびかせながら入墨の男、革命家ドラゴンは笑った。要らない、そういう事も出来た。でもどうせ奴のことだ、もう決定事項なのだろう。

「分かった、」

そう頷いたのはかなり前の事だ。イワンコフは補佐にイナヅマを選び、俺は補佐にナマエを選んだ。イワンコフのようによく考えて選んだのではない。ただ大人しそうな男だから、それだけだ。俺の意見に口を挟まず、傍にいても気付かない程度の、形ばかりの補佐を。俺の選択にただドラゴンは笑うばかりで、イワンコフは変わり者だと一蹴した。 無意識に邪魔にならない男、それを選んだはずだった。

「なんだこれは。」

目の前に置かれているのは、明らかに朝食とみられる物体。しかもご丁寧にコーヒーつきである。ソファでうたたねしていた瞼が匂いを感じて開いた先には、あるはずのないもの。だれが用意したのか、なんて明白である。

「余計な事を・・・」

ご丁寧に身体には薄い毛布さえ掛けてある。ここまでお節介だとは思ってもいなかった。口からそのまま言葉を紡げば、向こうで新聞を読んでいるナマエの肩が強ばる。栄養を気にしながら作られたのであろう、色鮮やかな朝食には目もくれず、部屋を出る。
義務で、押しつけられるのは正直迷惑な話だ。扉を出たあと少しして水音がした。苦いものが苦手な癖に作ったコーヒーを多分流しに廃棄しているのだろう。俺もコーヒーは好きではない、とわざわざ教えてやる義理もないので、そのまま続けさせている。こんな毎日の繰り返しでは、相手もそろそろ嫌になる頃だろう。早く諦めて止めてくれれば、それに限る事はない。


そう言えば今日は七武海の招集の日である。それ故に海軍本部に一番近い街に停泊していたのだが、それも良くなかったらしい。気晴らしに、と外に出ようとしていた所に一番合いたくない男と遭遇してしまった。

「よぉ、お前は毎回だって聞くけどよ。まさかこんな所で会うとは思わなかったぜ。」

ピンク色の羽を広げながら、自分を相手に思い切り誇示する男。

「ドフラミンゴ・・・」
「フッフッフッ・・・そう嫌な顔するなよ、傷つくだろう。」
「何の用だ?」
「まぁ、立ち話もなんだしな。ちょっと乗せてくれよ。」

ひょいと、思う以上に身軽に甲板に上がりこみ、笑う男。指をひらひらと見せつけるようにして笑う、それが脅しだという事も明白である。

「NO、なんていうなよ?」
「分かった、仕方ない。」

挑発に乗ったが故に、貴重な戦力を失うのも面倒だと判断し、あまり人の立ち寄らない自室にドフラミンゴを招いた。扉を開ける取っ手が嫌に軽い、と思うと同時にナマエが顔を出す。

「まだ、居たのか。・・・まぁいい、入れ。」

ナマエの顔が歪むのを見て見ぬ振りをして、ドフラミンゴに入室を促す。彼が出て行った部屋の机の上にはまだ皿に乗った朝食のサンドイッチがおいてあった。
ドフラミンゴはいち早くそれに気付き、質問する。

「ぉー、小奇麗なこって。 これ喰わねーの?」
「好きにすればいい、」

俺が答えを口にする前に、男はそれを口にする。

「なにこれ、うめぇ! こんなん毎回喰ってンのか、お前。」
「・・・いや。」
「ふぅん、ならくれよ。」

にやり、と笑う男。その言葉に一瞬対応が遅れる。

「どういう意味、だ?」
「どうせ、作ったのもさっきの奴だろ? 結構かわいい顔してたしな。」

男でもなかなか楽しめそうだ、と酷く下卑た笑いを顔に浮かべながらドフラミンゴは舌なめずりした。 それを無性に腹立たしく思った。

「さっきの泣き顔が、嫌にそそるよなぁ?」

ニヤニヤと笑う男のセリフが嫌に頭に残る。思わず口に出た言葉に、ドフラミンゴは口笛を吹いて冷やかす。

「あれは、俺の補佐だ。 お前如きには惜しい。」
「フッフッフ・・・要らないンじゃねぇのか?」 
「・・・それ喰ったらさっさと出て行け。 話は後で本部で聞こう。」
「思ったより、ご執心、ってな! フフッ!!」

残ったサンドイッチを大口に収めると、男は始めにあったときのようにふらりと扉から出て行く。 ひらひらと手を振るのは癖だろうか。

「・・・お茶をお持ちしました、」

ドフラミンゴが出て行ってから数分、控えめなノック音が部屋に響く。彼の手元には二人分のホットケーキと紅茶。ドフラミンゴが居ないことに気付いた彼が問いかけるように呟く。

「・・・もう、さっきの人はお帰りになられたんですか?」

それに頷くかどうか迷っている自分のことなど知らない彼は、自己完結しているようだ。ことり、と机の上に紅茶とホットケーキを一つずつおいて部屋を去ろうとする彼を呼び止める。

「・・・待て。」
「・・・?」

相手は少し赤い目を大きく瞬かせながら顔に疑問を浮かべる。その顔を見たときに、やはり泣かせてしまっていたことを確認させられた。

「泣いた、のか?」

手袋越しの指で瞼をくすぐれば、赤い顔をして下を向く。 それがきっと答えなのだろう。

「俺の補佐が嫌なら、無理にやらなくてもいい。」

よりにもよって家政婦の真似事など、そんな事をさせるために選んだわけでもない。事務的に押し付けられても、それは俺にとって不快でしかない。

「・・・・・・!!」

その言葉をどう取ったかわからないが、ナマエは諦めたような乾いた笑いをした。
ぽつり、ぽつり、言葉と共に彼の持っているホットケーキの焦げ目に雫が落ちる。

「やっぱり、俺じゃ、くまさんの補佐には向いてないですよね・・・次の・・・次の人、探してください。」

ペコリ、と頭を軽く下げて出て行こうとする彼の腕を掴む。

「お前の次は、無い。それだけは言っておく。」
「・・・っ、どういう意味・・・です・・・?」

涙を一杯溜めた瞳が驚きに見開かれ、自分を映している。ドフラミンゴの言ったとおりだ、なんてふわりと頭に浮かんだ。やはり、俺は世間一般からは酷く嫌われる性格をしているらしい。 我ながら酷い男だとは思う。

「お前以外の、補佐は要らない。」
「・・・いつも、何やっても、否定する癖に・・・っ、」
「ああ」

ぐっ、と堪えていたのだろう言葉が彼の口から零れ落ちる。ふわり、と笑って見せれば、ナマエは目を見開いて、俺を見る。

「・・・何故、」
「さぁ。」

それは俺もぜひ聞きたい。 失いそうになって、惜しくなったと言われてしまえば、その通りかもしれない。でもそもそも俺は気に要らない奴をいつまでもそばに置いておくほど、気の長い男ではないし、苛ついていたのも、今となっては何故怒っていたのかさえ、思い出せない。ああ、確か初めは嫌いなコーヒーをあえて出してくるから何かの嫌がらせだと思っていたのだ。彼の手元のちょっと湿ってしまったホットケーキに手を伸ばし、舌にそれを乗せて一口で味わう。少ししょっぱいそれは、甘さをひきたてる材料くらいにしか感じられず、ふんわりとした甘みが口の中に広がる。

「・・・うまいな。」

意地になって拒否していたものは俺の好きな味に出来上がっていて、今まで何故あれだけのことに拘っていたのか、それだけがただ疑問である。

「・・・・っ、」

ふと下を見れば、赤い顔でこちらを見上げる彼が居て、なんだかむず痒い。ああ、そうか。俺が気に入らなかったのはコーヒーでも、態度でもなく。 俺のそばで笑おうとしない、彼、だったのだ。

「俺・・・まだ、くまさんの補佐で、居てもいいの・・・?」
「・・・勿論だ。」


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以前と変わったことは、彼のお節介を笑って受け入れられるようになったことと、彼の笑顔が極端に増えたことだ。

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