ショート | ナノ
ハーフシュガーボーイ


僕には今、気になる人がいます。顔が美形とか(それでも僕よりかは整っている)、話が上手いとかじゃなく、人を引き付ける素質のある人です。

知り合ったのはやはり、交遊関係の広いトリコさんの紹介のようなものでした。第一印象が上手くいかないときもひたむきに頑張ってる方だな、という感じで、少し親しくなってからは手が開いた時に差し入れをしました。見返りを求めているつもりは無かったのですが、そのくらいの時期からメールや会う約束もくれるようになりました。けれど、僕はなにぶん忙しい日を過ごしていたので予定が合わない日も多く、そんな日には柔らかく笑いながらナマエさんは僕の店まで遊びに来てくれました。

『また、来ちゃった。』
『オススメは?』

・・・なんて、店にいる間はあまり長い時間、話し込むことが原則出来ない(トリコさんの時は例外)ので、あっさりとした会話を出来るだけの笑顔で応えました。楽しい、嬉しい。それが気になる、だけで済んでいないという事にこの時はまだ気づけませんでした。だって僕は普通の男でしたし、ナマエさんも普通の男なのですから。この感情にそんな名前がつくなんて思ってもいなかったのです。

「いらっしゃいませ〜!」

断ってしまった予定の日。こういう日には律儀にも彼はにこやかに微笑みながら店に・・・来た、来たのだけれど。

顔の表情が一瞬固まってしまった。なぜなら彼は綺麗な女の人を横に伴って、軽口なんか叩き合いながら、和気あいあいと店にやって来ていたから。

「小松シェフ、」

不意に心配そうに背中を叩く同僚に、はっと我に返って笑顔を紡いだ。

『今日のオススメは?』

何時もと同じ口調で、同じように話す彼。何時もなら凄く幸せな時間のはずなのに、今日は紡ぐ舌が重い。

「今日はシオマネキフィッシュのステーキですかね・・・?」
『じゃあそれで、お前もそれでいいだろ?』

彼が投げた言葉に女はこちらに目を向けて「魚は嫌いなの」と否定を口にする。それに苦笑いを返しながら、女の長考に付き合っていれば、ナマエさんは同じように眉を下げながら笑う。

『うちのが、どうもすみません。』
「いえ、拘られる方って結構いらっしゃいますし。」

内心はそれどころじゃない。魚が嫌いとか好みは仕方ないが、そうではなくて。うちの、と言うような関係の女性がナマエさんにいた事にショックを受けていた。

『明日、こいつ誕生日なんだ。突然で悪いがケーキとかってなんか頼める?』

通常のやつに名前入れてくれるだけでも良いから、と頼まれては断るなんて事は出来なかった。オーダーを取って、駆け足で厨房に戻り溜息。

「綺麗な人だったな。」

僕にはないものを沢山持っていて、ナマエさんと並んでも無理のない女性。少し我が儘そうな口調だって可愛いものだろう。

指示を他のシェフに出しながら、己も手を動かす。普段ならここで、ケーキくらいさくっと仕上げてしまうのだが、今日はそんな気にはなれず、朝に作ったケーキに誕生日のデコレーションだけ行った。

「これで、いいかな。」

仕上げられたケーキは本当に普通に店で出すもので、特別なものでは無い。それでもいい、と思ってしまった自分に嫌気がさした。これじゃあ、まるで醜い嫉妬だ。

「・・・スープ、お出しして。」
「え、スープですか?」
「お誕生日、だそうなので。」

笑いながら考えついてしまったシナリオに、やめろと止める己の内の声は聞こえなかった。鍋の中の輝かしいスープが、そんな僕を笑うように見ていた。


ハーフシュガーボーイ


頼んでないと言う彼に、誕生日ですから当店のスープでも、なんて言って薦める。笑いながら口にするだろう彼と彼女を見ることをしないで厨房に引っ込んだ。ひとつの席に掛かり切りには出来ないので慌ただしく厨房を駆け回り、ウエイターの声かけにケーキ片手にまた彼の席まで行く。

「ケーキになります。」

トン、と皿を置いた時に注意が足りなかったのか、皿が少し机を叩く音がした。ここは星がつくレストランだ、気配りも高い値段に合わせて高い品質でなくてはいけない。いつもならしないミスに、彼等は気にしていない様で、僕も気づかれないように普通の表情を作った。

だが、厨房に帰ろうとした瞬間に反射のように大きな手に阻まれた。

「・・・どうしたの?」

体調悪い?なんて聞かれた際に、僕は内心青ざめた。気づかれていた。先程までの作り顔すら出来ず、眉を下げる。謝らなくては、でも、謝りたくない。

「すみません、」

口から出たのは、何についてなのか解らない定型文。ナマエさんの手が掴む力が増したように感じた。

「兄貴、なにイジメてるの。」

みんなこっち見てるよ、と彼の隣に座る女性が笑う。ナマエさんはばっとその言葉に焦って掴んでいた腕を離してくれた。

「貴方があの、可愛らしい、小松シェフなのね?」
「え、あ、はい?」
「へぇー、兄貴の言うのとちょっと違ってたからわかんなかったけど。」

落ちた僕の手を拾い上げて握る彼女はウインクした後、にっこりと僕に笑いかけた。

「あのっ、」
「何?」

彼女から出てきた「兄貴」の言葉に胸を撫で下ろし、苦笑混じりに言い淀めば、彼女は大きく笑って僕に耳打ちした。

「もう私に嫉妬しないでね?」
「・・・ばれてましたか。」
「そりゃあもう。気付かないの兄貴くらいでしょ。」

僕は完全にはやとちりをして嫌がらせのような子供じみた事ばかりしていて恥ずかしくって。笑う彼女と首を傾げる彼に俯きがちに苦笑を返すしかできなかった。



  back