ショート | ナノ
のめり込んだ世界


お風呂から上がって見てみれば、トトメスさんが本を読んでいる。邪魔をしない程度に上から覗き込めば、「ポケモン育成」と書かれた文字が。彼らしいと小さく笑って、そっと隣に腰掛ける。

「トトメスさん、お風呂、入ってくださいね。」
「・・・ああ、うん。」
「・・・。」
「・・・。」

ぺらりとページを捲る音がする。きっと、こうなったら彼はキリが良いところまで読まないと動かないだろう。自分の髪の毛をタオルで乾かしながら苦笑すれば、隣のトトメスさんが微かに動く。ああ、邪魔してしまった。と心の中で謝ってから、私もお茶を片手に気になる本の表紙を開けた。

ページを捲る音と、たまに身じろぎする音、そしてナマエが紅茶を飲む音しか聞こえない。ああ、こんなハズじゃなかったのに。と思いながら、隣を見れば、本を食い入るように見つめるナマエの姿。ナマエのページは進んでいるのに、僕のページは止まったままだ。

「ナマエ。」
「・・・。」
「・・・ナマエ。」

返事がない。その事は分かっていたのに、うっかり溜息が出そうになる。本当はナマエが帰ってくるときには、もう読み終えていたのに。

「・・・。」

何となく、読んでいるフリをしてみたらこのザマだ。もう少し何かしら行動があると思ったのに、それがない。

「・・・・・・。」

面白くない。自分だけがこうも振り回されていることと、僕が横にいるのに彼女は本に夢中だと言うことが。そう理解してしまえば、僕と彼女が座っている少しの隙間さえ面白くなくなってくる。仕事の時は仕方がない。だけど、2人の時ぐらいは自分の事を見て欲しい。

「・・・ナマエ。」
「・・・・・・え、と・・・トトメスさん?」

だけどそう言えない僕は、彼女の太股に置いてあった本を退かせて、代わりに自分の頭をそこに乗せる。

「・・・。」
「・・・・・・。」

少しナマエが驚いたようにこちらを見つめた後、彼女は楽しげに僕の頭を優しく撫でる。 そして僕は僕で、面白くないと思っていたのが、ナマエの目を見ただけで、それもどうでも良くなってしまった。


のめり込んだ世界


「今日は、甘えたさんなんですね。」
「別に。」

そう返事をすれば、頭の上で小さく笑い声が聞こえる。

「・・・・・・ああ、そうだ。トトメスさん。お風呂、入ってきてくださいね。」
「・・・ああ、うん。」

そう言いながら、僕はやっぱり動こうとしなかった。

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